ここに毎日新聞大阪の夕刊「今、平和を語る」という9月のコラムの切抜きがあります。
その中にジャーナリストの むの・たけじさんのインタビューがあり、人類の歴史なんて戦争の繰り返しですね、というインタビュアーに こう答えています。
『いや、それはまったく違います。人類が誕生して700万年ですが、戦争を始めたのは六、七千年前からなので、ほんの先ごろなのです。
というのは当初、人間は狩猟採取の生活をしていた。自然の与えてくれる恵みが生活の糧です。だから平均寿命は30年くらいだった。そして何より怖かったのはトラやオオカミやライオンという肉食獣が人間の周りに多くいたことでしょう。
油断すると群をなして襲ってくるのだから、家族や仲間が食いつぶされないためにも、互いに協力し合って肉食獣に立ち向かわねばならなかった。戦争なんかやっている場合ではなかったんです。』
|
戦争を始めたのが6〜7000年前あたりからといわれても、それが古いかどうかを実感できてはいないのですが、あまりに卑近な例ではありますが、生活に追われていると 人と言いあったり、忙しい以上の面倒くさいことなどをする余裕がまず考えられなくて、ソレよりはなんとか協調して うまく行かないものでも 何とかできるようならそうしようとするのは、実際自分にもあった経験なので この話は納得できます。
まぁ、自分のちょっとした過去と戦争を一緒に考えるというのもなんですが・・ |
むのさんはさらに、人類の歴史が変わったのは約1万年前で、農耕が始まってから。『食べ物を自然から得るだけでなく、自分たちで作れるようになった。やがて食べても余るようになり、余るとためた。で、富ができる。富は権力をうみ、権力を持った連中は国をつくった。国はあちこちにできた。物持ちの欲望はふくらみもっと分捕ろうとする、それから戦争が始まった。』と言って、今まで続いた戦争だって結局は、「権力をバックにした経済の矛盾を解決するために物をさばける状態をつくらんがため」にしたのが、一番手っ取り早い戦争なのだと言います。
そして、これからの私たちの課題として『戦争をやりたくてもやれないような世の中の仕組みを作ること』を提唱、そのために必要なのは「人の生き方を変える」ことに尽きる という答えにいたったと語っています。
『平和を求めるではなく、人類が平和主義者として生きることです。
だって、もともとはそうだったんだから。いかにして食われないかの中で、死にものぐるいで力をあわせた。その遺伝子が人類にはある。いちばん有害でいけないのは、私たちが自己卑下してあきらめることです。
希望はある、絶望の中にある、私はそう確信しています。』
1940年に中国に行ったむのさんは、かの国の人々が子供や青年を大事にし、どんな状態にあっても教育だけはと子供らを守っているのを見て、そんな人たちを打ち負かす力は日本にはないと感じ、日本は侵略をしたことを詫びて戦争をやめるべきだという認識を持ったにもかかわらず、回りの状況に流され巻き込まれて、そんなこととても言い出せなかった と。
|
|
『新聞記者が自己規制して仲間同士で自分を縛り付けて、やるべきことが何かわかっていても、やらないようにもっていった、これが戦争です。戦争は絶対に許されない、万悪の根源だが、それを新聞に書けなかった。』と 今も後悔しているとのことでした。
戦争は、簡単に人を変えてしまうのだということは容易に想像できます。皆がおなじことを言っているというのに、自分だけがまとも(そう)なことを言えば、どんな仕打ちを受けるか知れない、それは自分だけにはとどまらないとなったら・・。誰だってすることは同じかもしれません。それでも、それでも!一人であっても戦争は悪だと言い続ける者がいなくてはなりません。
この世から戦争をなくそうなんてことは、とっても出来そうに無いことをいう理想を語るようなものではないか、そのためにジャーナリストができることはあるのだろうか・・、という問いかけにむのさんは言います。
『ジャーナルは一日一日の出来事を克明に記録することで、イズムはそれを継続して、ひとつの思想をつくることです。
新聞でいえば、それは何のためかと考えると、人を不幸せにすることは二度と起きないようにする。人間に喜びを与えることは増やして育てていく。そのためのイズムをジャーナルにくっつけてジャーナリズム活動をしていく。』 |
|
|
『なぜそれが起きたか、どうなったか、どうなるのか。これがジャーナリズムですが、今はこんなことがありましたという、単なるトピックスだけになっているのではないか。』 |
これは新聞記者、ジャーナリストにむけての意見ですが、実は私はこういうことはできるだけ多くの人がしていくことでもあるのではないかと考えています。
毎日の情勢、自分の生活(今日はこんなことがあったというトピックの羅列ではない日々の記録)や世の中の動きを自分の生活レベルで感じ取っていくことができれば、時々、この流れはどこへ・・?と考えたり、危険な匂いをより敏感に感じ取ったり、それはおかしいとはっきり認識できたり、間違っていることやあってはならないことについて、言葉にし情報として人と共有できるだけのものを自分で持つことが出来ていくのではないかと考えます。
むのさんは『ジャーナリストとして私の根底にあるものはたった一つ、この世から戦争をなくしたい、なくさねばならないという命がけの志です。』と締めくくっていますが、それはとんでもなく壮大な理想を言うのではなく、当時何もしてやれずに失った小さなお嬢さんの命を悼む、人としての切なる願いの飽くなき追求ともいえるのでは と思いました。
言葉は曖昧ですが、前ローマ法王の日本来日時の『平和とは水鳥が水面にいるその下で常に水をかいているように、私たちも日々平和であるために善を選び続けてこそ得られるもの。』と聞き覚えている言葉を「ひつじ小屋だより100号」の最後に記します。
|