2月のお話  「乞食の手ぬぐい」

 

 むかし あるところに とてもにぎやかな 大きな町がありました。

 その町のなかに これまた たいそう人出入りが多くて その町でも 一番繁盛している呉服問屋がありました。何人もの使用人たちが 人の良いその家の主人と 年のわりには 綺麗でやり手のおかみさんとに従って、みな 良く働いていたものですから、店は いつもいつも たくさんのお客さんで 賑わっていました。
 
 あるとき その店に 山奥の片田舎から 一人の娘が 奉公にやってきました。

 娘は 連れられて来た町の大きいこと、人の多いこと、にぎやかなこと、また 町の人々が綺麗に着飾っている様子などをみて いちいち 感心しては、びっくりしたり おどおどしたりしていましたが、さらに 自分が働くことになっている店に連れてこられたときには、そのたいそうな門構えに まったくびっくりしてしまいました。

 新しく来た奉公人に会うのは いつも おかみさんの役目で、その日も お上さんは娘の通された部屋に入ってくると 畳にへばりつくようにして 頭を下げている娘を見て、「いいから 顔をお見せ。」と 言いました。

  娘が 恐る恐る顔をあげると まるで 弁天様のように 美しい女の人が、自分をじっと見ているので、ぽかんとしたまま、その人を見つめてしまいました。 

 おかみさんは ぷっと吹き出すと、「なんだねぇ、この娘は・・。まるで 山猿じゃないか。」といって 笑い出してしまいました。娘は さっと 赤くなって 下を向き、もじもじしていました。

 おかみさんは その娘を見て、「この器量じゃ 店には出せない、かといって なにができるでもなさそうだ、しかたない とりあえず 下働きでもさせて しばらく様子をみよう。」と 思い、女中頭に この娘の仕込みを申し付けました。

 女中頭は 娘をあずかると あれやこれやと きちんと教えてくれましたので、まもなく 娘は いろいろな細かい雑用も せっせとこなすようになりました。 

  もともと 娘は働くのが好きで 気立ても良く、明るい性格だったので、店の使用人たちの間でも 時に重宝がられたり、悩み事を持ちかけられたりして みなに かわいがられるようになりました。

 店の主人も なかなか 普段は 一番下のものなどを 気にかけるということは無かったのですが、それでも 元気の良い明るい声が 誰かに返事をしているのを聞いたりして、その娘がどんなに良く働いているのかを そのうち 知るようになり、おかみさんに 娘のことを訊ねたりしました。 

  おかみさんは 確かに 娘のよさを買ってはいましたが、なにせ あの不器量。いくら よくはたらけるといっても とても人様の、それも お客様の前に出せるものではない、と 主人にいい、主人も 娘を見て 「そうさなぁ・・、もうちょっと 器量がよければなぁ・・。」と 頭をふりふり 残念がりました。


 さて あるさむーい冬の朝早く、いつものように 娘は 誰よりも早く起きだして、みんなのための水を汲むため、裏の井戸のところまで やってきました。

 外は まだ暗く、西の空には まだ 幾つか星が残っていました。

 娘は 井戸に桶を下ろそうとして、ふと 井戸の向こうに だれやら人影のあるのに気がつきました。 

  娘は びっくりしましたが、この寒さです、いったい どうしたことかと その人のほうへ身をかがめ、「どうかなすったですかね?」と そっと 聞いてみました。

  井戸の陰には 一人の男が 冷たい風から身を守るように 小さく身をかがめて しゃがみこんでいたのですが、娘の心配そうな声に 顔をあげると 小さくうなずいて「実は 腹が減って・・。ここんとこ何日も 食べるものにありつけんでのう・・。」と かなしそうに 訴えました。

 娘は 顔も体もきたなく汚れ、ひどい匂いのする男を見ていましたが、すぐに「待っててくだされや。」と明るくいうと 店の中に駆け込み、しばらくすると 手に小さな包みを持って 戻ってきました。「冷や飯じゃけんど、腹の足しにはなろうな。」といい 男の手に包みを持たせました。

  男は 驚いて しばらく ものも言えずにいましたが、いきなり 包みを開くと娘の結んだ握り飯を 夢中で ほおばったかと思うと 見る間に 一個を食べ尽くしてしまいました。

  娘は そのようすを にこにこしてみながら、井戸の水を汲み、いつものように 自分の仕事をはじめていました。そのうち 仕事に夢中になって 娘は 男のことを忘れていましたが、何回目かに 水を汲みにやってきたとき、あの男が まだ 井戸のそばにいるのを見つけました。「どうしたね?まだはらがへってるんかい?」と 娘が言うと、男は にっこりして いいました。

 「あんた、ええ人じゃ。握り飯を食いながら あんたの働くのをみっとったが ほんによう働くし、きだてもええ。仕事もえらいようやる。」ここで 男は ちょっと いいにくそうにしていましたが、思い切って 娘を見ながら こんなことを言いました。

 「なぁ、あんた もうちぃっと 器量がよけりゃあ、って おもってやせんか?」それを聞いて娘は 赤くなって うつむきましたが、すぐに顔をあげて にっこり笑うと 男に言いました。

  「おいちゃん、ありがとね。そうね、わしかって もうちぃっとばかし、器量が良かったら、綺麗なべべ着せてもろうて お店に出さしてもらえるじゃろとは 思うね・・。 
  でも こればっかしは 仕方ねえこってなぁ。いいんじゃ、わし ここで働かせてもろうて まいにち 当たり前に飯が食えて、いろんなことおせえてもろて ほんに ありがたい おもっとるんね。」

 娘は そういうと 「そんなことより おいちゃん、また 飯くえんかったら いつでも わしとこ くるとええね。ええな、忘れんといて。」と いって 店の中に入ろうとしました。

 そのとき 男がもう一度 娘に声をかけました。

「あんた、ちょっと。」「え?」娘は振り向きました。

「あのな、わしは あんたのために 何かしとうなっとるんじゃが・・、そうじゃ ほんのちぃっとばかしてええ。すまんが わしに みずをくんでくれんかの。」
 娘が 不思議な思いで水を汲むと 男は 娘に その水で顔を洗うように言いました。
 「さっき あろうたばかりじゃ。」
  娘はそういいながらも 男の言うとおりに 顔を洗いました。

 娘が顔を洗い終わると 男は 腰に下げていた きったなーい手ぬぐいを娘に差し出して、
 「ほれ、これで 顔を拭けや。」と 言いました。

  娘は 汚れて匂いのする手ぬぐいを見て どうしようか と 思いましたが、でも 言われたとおりに その手ぬぐいで 顔を拭きました。男は 娘から少しはなれて、「よいか、いうておく。これから 七日の間、朝に晩に 顔をあろうたら そのたんびに この手ぬぐいで 顔を拭くんじゃ。そうすれば お前さんに きっと いいことがあろうぞ。」と 言うと 軽くうなずいて 門を出て行ってしまいました。

  娘は どうしようかと思いましたが、ちょうどそのとき 人に呼ばれたので そのまま 袂の中に 手ぬぐいを入れて いつものように 働き始めました。

 四、五日過ぎた頃から あの店の中では 例の山奥から出てきた とんでもなく不器量な山猿娘が ちかごろ なにやら 綺麗になった、といううわさが たちはじめました。
  当の娘は そんなことにも気にするまもなく いつものように せっせと働いていたのですが、あるとき おかみさんが 娘を見て たいそう驚き、娘を呼んで 
 「近頃 お前は見目ようなったと みなが騒いでいるよ。どうやら そのようだが・・、お前、なにかどこぞの 新しいものを使い始めたのかい?」 と 聞きました。

 娘は 改めて 顔を見(なにしろ 自分の顔を見るまもなく 忙しく働いていたものですから・・。)自分でも びっくりしましたが、そういえば、と この間の 井戸のそばの男の話をしました。 

  おかみさんは 娘がきれいになったことを ねたましく思っていましたので、あと 三日で あの男との約束の日が開けるから と 頼む娘から その手ぬぐいを取り上げると さっさと自分のものにして、朝晩に限らず 暇さえあれば 顔を洗っては あの手ぬぐいで 顔を拭き続けました。

 それから また 四、五日が過ぎた頃、今度は おかしなうわさが店の中を騒がせていました。店の中に 獣がいるようだ、というのです。

  みなは 台所や廊下や 水のみ場の近くに ときどきふっさりとした 獣の抜けた毛を見つけるようになっていたのです。それに ちかごろ おかみさんが 姿を見せません。 そこで店の主人と番頭たちが 抜けた毛の跡をたどったところ、なんと それは おかみさんの部屋へと 続いていたのです。

 主人たちは そおっと ふすまを開けて 中を見たとたん、びっくりして 腰を抜かしてしまいました。
  部屋の中では 大きな狐が おかみさんの着物を着て、汚い手ぬぐいで せっせと顔を拭いていたのです。

 みなは またまたびっくりして 店は大騒ぎになりましたが、捕らえたれた狐のおかみさんが 主人に 泣きながら こうなったわけを話して たいそう悔やんでいるといったものですから、それを聞いていた娘が 泣いている狐のおかみさんを 気の毒に思い その涙を あの汚い手ぬぐいでぬぐってやりました。

 すると たちまち おかみさんは元に戻ったので、これまた みなは ひどく驚き 感心してしまいました。

 さて このおはなしは あの綺麗になった娘が 大店の養女に迎えられて 優しくて働き者のお婿さんと一緒に店をきりもりし、おおいに繁盛させたところでめでたし めでたし となって終わります。

 

 

 このおはなしは ご存知でしたか?

 今回のこの話は お読みになられた方、あるいは テレビの「日本むかし話」でがごらんになられた方、多いのではないかと思います。題名は「乞食の手ぬぐい」。 
  ただ 差別用語なんですよね、”乞食”という言葉は・・。そういう言葉は 確かに、確かに 人の基本的なところに グッサリと刃を突き立てるものですから 使うべきではないと わたしも 思います。

 が、『そういう事のジャンル分けをしたがために 話せなくなってしまったお話』というものも 数多くあることを 思いますと、なんとも くちおしい・・。

 ”言葉というものの不思議な存在感” を思うと 「別の言葉で言い換えればいいじゃないか。」には ならないときが 間々あるというのを わたしは何かにつけて思ってしまうので なんだか 話をするにも 後ろめたく思われるようなときのある自分が なんとも歯がゆく 情けなくて 悲しいです。

 筋書きは たぶん 書いたままでいいと思います。 例によって 細かい描写は 遠藤が脚色してあります。ご了承ください。

 

 でも どうでしょうね。もし 自分があの娘だったら・・、どうですか?
”くっさーい男”のくれた”きったなーい手ぬぐい”なんかで 顔を拭きましょうか?

  おかみさんについてだったら そうはするだろうな・・、と おかみさんのしたことには 納得してしまうのですが、あの娘のようには おそらくしないだろう・・と 思うんですよね。

 話は 話です。ただ それだけのことなので、ここに わざわざ 意味を明らかに求めるというのも 無粋なことと思うのですが、この話を思い出して書きながら ふと 「信じる」ということを 考えたことだけは 書いておこうとおもいます。

  
 「信じる」―なかなか わけのわからない言葉です。

 あの娘は 男の言うことを 言われたとおりにした。
”信じています” といいながら それは言葉だけのことで 言われたことを いわれたとおりにすることで、信じていることを表すようなことの少ない私の日常を思いますと、あの娘の「信じる」こころは そのまま 行いに現われ そして その行為は継続したんですよね。それこそが 「信じる」ということなんでしょう。

 そこが すごいな・・と 思ってしまうんです。だって 何の確証もないし、何のこれといった利点も見いださない、その意味すら わかってないのに、おこなうんですから・・。

 信じる者は 救われるって いうことなんでしょうね。

 私の日々に そういうことがいくつかあったら 失わずにすんだもの、壊さずに維持できていたもの、傷つけずにいられたもの、もしかしたら やり直せたかもしれないもの・・、などなど あったかもしれないと・・・、ちょっと 胸が痛んだ 遠藤でした・・。

あなたは どう思いますか?

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