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3月のお話 野ばら
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大きな国と小さな国の境に 国境を示す石碑が建っていて、その右と左に それぞれの国から派遣された 兵隊が 一人ずつ 国境を守っていました。 国境を守る大きな国の兵隊は老人で、小さな国の兵隊は青年でした。 はじめ 二人は お互い敵国同士ですから 口も利きませんでしたが、そこは 旅する人も ほんとうに まばらで 静かなところでしたし、二人とも それぞれ 善良で 親切な良い人でしたので、野ばらに群がるミツバチの羽音で目を覚まし、岩間から湧き出る清水へ降りて 口をすすぎ 顔を洗うときなど 朝の挨拶を交わすようになりました。 「おはよう。今日もいい天気ですね。」「そうですね。いい天気だと 気持ちも晴れ晴れします。」 その頃は まだ 二つの国に いさかいはなく、二人の警備兵も そのうち 朝に晩に 声を掛け合い、仲良く一日を過ごすようになりました。 「やぁ、これは大変だ、こうにげてばかりじゃ じっさいの戦だったら とっくの昔に 私は 負けていたよ。」 そんなところにも 冬は来ます。 そうして 春がくるまで ふたりは また 仲良く将棋を打って 過ごしました。 そうこうしているうちに 二つの国は ちょっとした利益問題から 戦いを始めることになりました。 そのとき 老人は 青年に言いました。 老人は 青年が行ってしまってから ずっと 呆けたように 日々を過ごしました。 そこは それぞれの国の都から ずいぶん遠く 離れていましたから、戦をしているといっても 銃弾の音が聞こえるわけでもなし、火の手の上がる様子が見られるわけでもなしで、戦の最中といっても 静かなものでした。老人は 青年の身を案じて、たびたび ため息をつきました。 しばらくして 一人の旅人が国境を通りましたので、老人は 戦争はどうなったか と 聞きました。すると 大きな国が勝って 小さな国は負け、小さな国の兵隊は 皆殺しになった と 旅人は話しました。 老人は それでは あの青年も 死んでしまったのだろう・・と 悲しみました。 あるとき 老人が 石碑にもたれて 居眠りをしていると、むこうから 馬に乗った一隊の兵士達がやってきました。その一隊は 音もたてない静かな隊列で、先頭は 老人の良く見知った あの青年でした。 老人が声をかけようとしたとたん そこには だれもいなくなってしまいました。夢だったのです。 その冬、老人は 暇を願い、ふるさとのある南の方に 帰っていったそうです。 このお話は ご存知でしたか? かれは 学校で 教師に理解されず 高等小学校を中退し、孤独で苦痛な日々を送った と 調べにありましたが その理由というのが あまりの感受性の強さゆえ というのですから・・、そういうことが 問題になって 捨て置かれるなど、まったく 未だに ニッポンの教育界というのは 相も変わらず 進歩がないなー と 私など 思ってしまいます。 彼は その後 上京して 早稲田大学の前身の学校に入り 坪内逍遥や小泉や雲などにも 指示したということで 未明(びめい)の名は 坪内逍遥から もらった号だということです。 私は この頃のお話が好きで 出来ることなら 全冊手元におきたいほどなのですが、いまだ 叶いません。そのうち と 願っては入ますが、手元にあるものを読むだけでも とても 胸打たれる話がいくつもあります。 ただ この 野ばら は 他の彼のお話(戦災孤児や貧しい子供の視点から見た日常のアレコレ)とはちょっと違って 社会への訴えの感じられるものになっていますね。 あの頃のお話は 共通して 話し言葉や書き言葉に 妙なギクシャク感があって わたしは それが又好きなんですけど・・・、本当に ああして話していたら 面白いな・・と 思います。 もしそうなら・・ 表現言葉が少ないって 結構 的確な感情があらわせるのかもしれないですね。 あなたは どう思いますか? |
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