9月のお話  星夜のできごと

聖フランシスコ

 
  それは 静かな夜更けのことでした。

 あたりは 星明りをまとった美しい闇が 木々を渡る風の音と戯れながら そっと そこに眠る人々の夢を紡いでいました。

  ふと フランシスコは 何かを耳にしたような気がして ぼんやりと目を覚ましました。いっしょに眠っている仲間たちは みな 昼間の労働に疲れて 寝返りを打つこともなく ぐっすりと眠っていました。しかし また 何かの気配を感じて フランシスコは 起き上がり あたりを見回しました。

 そして みんなを起こさないように 気をつけながら 部屋を横切り、とびらをあけてかすかに音のしたほうへ ゆっくり近づいていきました。
 
狭い廊下の突き当たりは 台所です。でも よく見ると、閉めたはずの台所の扉が少しあいているのがわかりました。だれかいるようです。
 フランシスコは 開いている扉の隙間から 中をのぞいて見ました。

 暗い中で ごそごそと人の気配がしていましたので、フランシスコは 泥棒かと思い、胸の上で十字を切って そっと 中へ入っていきました。

 それは ほんの数日前に ここへやってきて みんなの仲間に入れてほしいといった子供のような顔をした若者でした。
 かれは フランシスコが後ろに立っているとも気づかずに 夢中で パンをむさぼっています。

 フランシスコは かれが とてもおなかがすいているのが良くわかりましたし、この若者が まだ 子供で とても 自分たちの約束を守りきりながら いっしょに生活するのは 大変なことなのだ ということを すぐに 理解しました。そして かれに心から同情し、かれをおどろかさないように そっと その肩に手を置きました。

 「ぅわぁっ!」と 若者は声をあげました。
フランシスコは 慌てて 彼の口をふさぐと 早口に言いました。「しずかに!」
 そして 彼の取り落としたパンと 二つ三つの果物を持って 若者を立たせ せかして 建物の裏の 暗いくぼ地に行きました。
 ここなら だれにもきづかれないと 思ったからです。

 フランシスコの後についてきた若者は もう 半分ないていました。
そして フランシスコがすわって 隣にくるように言うと 急いで言い訳をしました。

 「すみません、ブラザー。わかっているんです。みんなの食べ物を 一人で食べるなんて ほんとに いけないことをしてしまいました。でも ブラザー・フランシスコ、私は とても くるしいほど おなかがすいていたんです。」

 フランシスコは 闇の中で微笑むと 若者の手をとり 持ってきたパンと果物を持たせました。
 てっきり しかられて 罰を受けるだろうと おもっていた若者には 食べ物をてわたされたことが どういう意味なのか わかりませんでした。

 「さぁ、少ないけど 食べたまえ。」フランシスコは言いました。
「え?・・ でも・・」 「いいから。おなかがすいているんだろう?わかるよ。私もそうだったときがあったな。」

 そして 自分が 今のような暮らしをし始めたころ、なかなか 食べ物にありつけず
よく おなかをすかせたまま寝ては 食べ物の夢ばかり見ていたことのあったことを話して聞かせました。

 「がすくことは 恥ずかしいことじゃない。おなかが減れば 誰だって 何か食べようとするものだ。それは 自然なことだよ。ただ ここでは 自分たちの労働で得たもので 食べることができる という そういう約束なんだ。ここにいるものには できるだけ そうしてほしいけど、一度や二度 それが守れないからといって 誰が罰するものでもないよ。約束を守るというのは その人自身の問題だからね。自分に正しくあろうとすれば だんだん おなかのすくのも 我慢できるようになるものだよ。」

 フランシスコは やさしくそう話しながら 闇に慣れた目で 若者に微笑みかけましたが、若者が まだ あれ以来 何も口にしていないのを見て、ちょっと 考えて言いました。
 「やぁ・・、わたしも こんな時間に目がさめて 人に話しなどしたものだから、ちょっと おなかがすいたようだな・・。どうかな、少し 分けてくれるかい?」 

 若者は はっとして 抱きしめていたパンと果物を フランシスコに差し出しました。
フランシスコは その中の小さな果物をひとつとると がぶりとかじりつきました。
 それをみて 若者は 急いで 手に持った食べ物を がつがつと食べ始めました。
フランシスコは 彼の食べる勢いを見ながら 小さな果物を食べていました。

 若者は 食べながら また 涙が出てきました。
「どうしたんだい? やっぱり これでは足りないんだろうけど・・」
フランシスコの言葉に 若者は 強く頭を振り 口の中のものを飲み込んで言いました。
 「ちがいます、ブラザー!食べながら わかったんです。」
そして かれは フランシスコの前にひざまずき 彼の手をとりました。

 「あなたが 私をここに連れてきたとき 私は 空腹のあまり 皆の食事になるはずのものを 一人で食べようとしていたことを しかろうとしているのだと思いました。
 でも あなたは 私をしかって 罰を与えるよりも、一緒に座り 私の空腹をなだめるために ともに 食べてくださいました。
  私は 確かに 食べ物を渡されて 本当にうれしかったし 食べたくてたまりませんでした。でも 一人で食べるのは それも あなたに知られてしまっているのに そうするのは とても できにくいことだったんです。
 それなのに 一人で物を食べることの気まずさから 私を救うように ご自分から 規則を破ってくださいました。
  あなたは あなたの作った規則を自分から破るような方ではないのを 私は よく知っています。」

 若者は それ以上 物が言えませんでした。
フランシスコは 彼が よく理解したことを知りました。そして 若者を立たせると 慈しむように その肩に手を置き 言いました。

 「よくわかったようだね。君のその思いは きっと 君を 君の願ったように 強くしてくれることだろう。
さぁ、もう少し 寝よう。もうすぐ朝になる。今日も また 私たちの家を建てるための大変な労働が待っているからね。」

 ふたりが その場で食後と感謝の祈りをささげ、ゆっくり立ちあがって歩き始めると、二人を祝福するかのように 星の瞬きは増し、木々を渡る風も 涼やかに、やわらかな 漆黒の闇のなかに とけこんでいきました。


 このお話は ごぞんじでしょうか? 
映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」を ご覧になられた方は 思い当たる場面だと思います。

 この話の主人公は アッシジの聖フランシスコ という 12世紀の始めころ イタリアに生まれた聖人で、裕福な商人の家庭に生まれながら さまざまな若者らしい 好き放題を繰り返し、一般人でありながら 騎士になることを夢見て ペルージアの牢獄に一年半も投獄され 親に 保釈金を払ってもらって でてきたものの、やはり騎士への夢捨て切れず、再び 戦に向かおうとしていたときに「ほかになすべきことがある」という 不思議な声に導かれ、アッシジに引き返します。

 戦で壊れた教会で祈っているときに 彼は「私の家を建て直せ」という 十字架からの声を聞き、ハンセン病患者などとの出会いもあって、それまでのめちゃくちゃな生活を すっかり改め、すべてを捨てて 無一物となり、彼の意思に賛同し思いをともにする若者たちといっしょに、祈りと労働の修道会なる「小さき兄弟会」(後 全世界に広がる 聖フランシスコ修道会の基盤)を 作ります。

 なかなか 波乱に富んだ生涯ですが、44歳で 帰天するまで あの衝撃的な声との出会いを核とした 傍目には 苦しくつらい日々ではあっても、心楽しく 豊かにして 幸いな時々を すごしていたという・・・ とても 考えてしまう 彼の人生ではあります。

 このお話の中の星夜に起こったことは それが本当なのかどうかは 知りません。ただ 以前「ひつじ小屋」に書いた 養老孟司氏の「人の心がわかる人が 教養のある人だ」という言葉が 私は この場面で腑に落ちてしまったのですね。
(ちなみに フランシスコは それほどの教育はなかったとか・・。お勉強=教養 と おもったら 大間違い というわけです。)

 こんなことどもを 考えることと縁遠い生活をしていると 多分 いわんとしていることが いささか わかりにくいかともおもいます。
  食べることだけでなく 相手のしていることへの 同調 の大切さ、その上手な行い方 を”思いやり”なんて それに不似合いな言葉を使わずに 語っているようにおもうのです。

 昨今の なんでも 良い悪い できるできない で決めてしまうやりかたや そうすることが正しく また 望ましいあり方だ な〜んて 思っているレベルで生きていけてしまっている人たちには およそ 考えるにも 思いつかないような お話ではある と 遠藤は おもうのです。 

あなたは どう おもいますか?

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