3月のお話  くじら波留さん

 明るい緑色の柔らかな髪をなびかせ、ラベンダー色の輝く瞳を大きく開けて、南風のしゅん(春)は 、きょうも お日様がいっぱいの、空と海の間を 楽しそうに うれしそうに、飛んでいます。
 きょうは しばらくぶりに くじらの波留(はる)さんを 訪ねに行くのです。

 しゅんはどんどん どんどん いきおいよく 波をかすめながら、そして お日様とおしゃべりしながら 虹の海をめざします。そこが波留さんのすんでいる海だからです。

 もう そろそろみえてくるころ・・、あ ほら!あれです。
水平線に きちんとすえられたような鮮やかな虹が いつもすてきにデコレーションされている明るい海に、ぽっかり浮かぶ いろとりどりの花や木が 日を受けてきらきらしているきれいな島がみえるでしょう?

 だけど・・近づいてよーく見ると、それは 島なんかじゃなくて、すてきにおしゃれした
くじらの波留さんなんだというのが わかりますね。

 波留さんは おしゃれがすきで、旅行も大好き。
だから お出かけした先で見つけた素敵なお気に入りを 体中のあっちこっちにくっつけておしゃれするのが とってもじょうずなんです。

 波留さんは このところ随分長いこと 旅行することもなくなってしまいましたが、以前は 本当に いろんなところを旅行してきました。
 そうですねー・・、さむーいい氷の海やあっつーい南の海、お日様が昇ってくる海や、お月様のお話を聞ける海など・・・ 本当にいろんなところへ出かけていったものです。

 寒くて冷たい氷の海では うっかり飲み込んでしまったクリオネちゃん達から『冷たい光のしずく』という、暑いところでも決して溶けない氷でできている、きらきら光るきれいなアンクレットをプレゼントされて、今も それを自慢のかっこいいしっぽの付け根に はめています。

 すぐそこにお日様がいるような、そんなものすごくあっつーい海では、お日様の熱でとけた金色の波を集めて作った すごくすてきなサングラスを買ったのですが、いつもそれをかけると 目がちかちかするので、そのサングラスは おでこのところに ちょんとかけ、波留さんがうなづいたり、笑ったりするたびに ぴかぴかしています。

 随分前に行った お日様が昇ってくる海では、眠りからさめたばかりの寝ぼけまなこの朝姫さまのため息で作った薄いふわふわのばら色のショールを、見事に格安で買って、いまでも ちょっと いつもと違うところへお食事に行く時は そのショールをくるりと首に巻いて、いそいそとお出かけするのです。

 お月様のお話を聞ける海では、みんなが眠っている時に起こったいろんな出来事をなにもかも知っているお月様が、それまで見た沢山の事件の中でも とくべつにロマンチックで ちょっとスリリングなお話を書いた時に使ったという、月の光の銀色ペンの限定販売をやっていたので、もちろん 波留さんは ちゃんとそれをかって、今も 宅配便が届いたときには、すらっと出して、もったいぶって 受け取りのサインを書くのです。

 春風のしゅんは、まだ 春の風になってから、それほど沢山の時が経っていないので、いろいろと勉強しなくてはならないことが いっぱいあって、いろんなところへ出かけながら、自分の働くところを知らなければならないのですが、ある時にぐうぜん出会った、にぎやかでたのしい虹の海の波留さんのはなしがとてもおもしろくて、お天気のよい日が何日か続いた時は、いつも 波留さんを訪ねることにしていたのです。

 その日も、3日ばかり お日様のご機嫌のよい日が続いたので、しゅんがきっと訪ねてくるだろうと 波留さんも思っていました。

「あら!やっぱりきたわねー、いらっしゃい 春風のぼうや。げんきだった?」
「げんきだったよ、波留さん。波留さんも 元気そうだね、だけど 僕は春風のぼうやじゃなくて しゅんっていう名前があるんだから ちゃんと そう呼んでよね。」
「まぁまぁ、おとなぶっちゃって・・。いいわ、それじゃ 春風のしゅん、世の中は最近どう?なにかかわったことはあって?」

 波留さんは 孫のようなかわいい春風の坊やの訪れを とてもよろこんでいて、たくさん飛んで のどがからからになったしゅんのために、海ぶどうとサンオレンジのミックスジュースをご馳走しながらたずねました。
  しゅんは そのおいしいジュースをごくごくと のどを鳴らしながらひと息で飲んでいいました。

「ああ、おいしい!波留さんのジュースは いつも ほんとにおいしいんだよね。」
「ありがとう、みなさん そういってくれるんで わたしもおいしいジュースの作りがいがあるってものよ。」

 それから しゅんは これから春になる国へ 様子を見に行った時の話や、もう すでに春になっていて 毎日忙しくしている時の話などを、いろいろ波留さんに話しました。

「この冬は とても寒かったみたいで、なかなか 木の芽たちが目を覚まさなくてね、春に間に合わないんじゃないかと やきもきしたけど、でも 毎日 僕たちが一生懸命 あったかい風を送り続けたら、 やっと 少しずつ もぞもぞ動きはじめたよ。」
「まぁ、それは ごくろうさまなことだわねぇ。冬があまり寒いと やっぱり どうしても 眠りが深くなるからねぇ。目を覚まさせるのは 大変なことだと思うわよ。」

 それから それから と しゅんは あっちこっちで見たり聞いたりした色々な話をつぎつぎに波留さんに話して聞かせました。
 波留さんは その一つ一つを とても楽しんで いろいろ質問したり、相槌を打ったり、感想を言ったりしました。
 いつのまにか ふたりの周りには、通りがかりの魚達や旅の途中の鳥達や、遊びつかれて、波の上でうとうとしながら休んでいた水の精たちや、虹の滑り台をなんどもすべって楽しんでいたちいさな光の子達やその遊び相手の雲の子供達までやってき、みんな一緒に なんどもうなずいたり、笑ったり、難しい顔をしてみせたりしていました。

 何杯ものジュースが 注がれては飲み干され、そろそろ 波留さんご自慢の特大の大型冷蔵庫のジュースがなくなりかけた頃、波留さんは しゅんのある話に 夢中になってしまい、そして 聞いているうちに とても我慢が出来なくなって とうとう 大声で叫んでしまいました。

「私、出かけるわ!」

みんな いっせいに びっくりしました。
  だって 波留さんは もう 大分長いこと 遠いところへの旅などしていなかったし、
(それに 大分 年をとっているし・・)しばらく この虹の海の外へなど 出かけたことがなかったからです。
 みんな それぞれに 一生懸命、やめたほうがいい とか 無茶なことをすると体に良くないとか、もう少し考えて思い直すべきだとか、いろいろ言いましたが、波留さんの耳には もう なんにも届きません。

 波留さんの目はきらきら輝き、おおきなほっぺはピンクに染まり、胸はわくわくどきどきして、すっかり旅行のことで 頭がいっぱいになってしまいました。

 しゅんは みんなに どうしてあんな話をしたんだ とか、言わなきゃいいのに とか、考えなさ過ぎる とか あれこれいわれて、いゃー まずかったなー と思ったのですが、波留さんが あんまり楽しそうで もうすっかり その気になってしまっているのを見て、自分がチャンとついていって、必ず元気で一緒に帰ってくるから と、説得し始めてしまいました。

 そして 次の日の朝、『冷たい光のしずく』のアンクレットを自慢のしっぽにつけ、お日様の熱でとけた金色の波を集めて作ったサングラスをおでこにちょんとのせ、寝ぼけまなこの朝姫さまのため息で作った薄いふわふわのばら色のショールを首に巻いたくじらの波留さんは もちろん、限定販売されていた月の光の銀色ペンをもって、もう、こうなったら とことんついて行くしかない!と覚悟を決めた春風のしゅんと一緒に 虹の海を出発しました。

 たくさんの虹の海の住人達が 気をつけてね、無理だと思ったら すぐ帰ってくるんだよ、たびたび休憩して疲れすぎないように ちゃんと気をつけてあげてね、はやくかえってきてね、などなどの言葉と一緒に 名残惜しげに見送りました。

 波留さんとしゅんは 道々 楽しいおしゃべりをしたり、知っている限りの陽気な歌を歌ったり、通りすがりの魚達や鳥達に声をかけたり、途中まで一緒に行ったり、雲の町の雲人たちに引き止められて、おいしい食事をしたり、親切ないるか達に引っ張ってもらったりして、楽しく ゆかいに何日もの長い旅を続けました。

 なんども 朝と夜と繰り返し、やっと目的地に着いた時には、波留さんのアンクレットは、ちぎれてどこかへいってしまいし、金色のサングラスにはひびが入り、ばら色のショールはところどころに穴があいて ぼろぼろになってしまっていました。 
  春風のしゅんも くたくたで、明るい緑の髪もぼさぼさ、ラベンダー色の瞳は つかれて深い紫になっていました。 この旅は やっぱり それほど大変だったのです。

 でもそんなこと、目的地についてしまえば、旅の苦労なんてちっとも苦労じゃない。
だって みてごらんなさい! ほら 夢にまで見たそれが すぐそこにあるんですもの!

 さいわい そこについたのは 星たちが一番元気な真夜中で、回りは一面の銀世界。しーんとして あたりに 人は だーれも いない・・! 

「ああ!わくわくするわー!」と 胸どきどき 瞳きらきらの波留さん。
「ああ・・やれやれ、ぶじについて ほんとによかったー・・・」と くったくたのしゅん。

ふたりは さっそく  冷たい雪を押しのけて、初めてあじわう その温かさの中にそうっと しずかに 体をしずめました。
 久しぶりの長旅で疲れた体をすっかり包むその温かさは、決してさめることのない地球の温もりそのまま、忘れかけていた 懐かしさがいっぱいの、柔らかな優しさでした。

「あらぁ〜・・・!な〜んてきもちいいんでしょう! これは ほんとに生き返るわー。」
「ほんとだー。体中の疲れが 一気に流れ去ってしまうようだよ。」

 ふたりは ちらちらと降る雪の静かな真夜中、のんびり ゆったり お湯につかって、暗い水平線にてんてんと並んだちいさな星たちや、夜釣りの舟の灯を眺めて、疲れた体を癒し、伸びをしたり、もぐったり、夜空を眺めて 星たちとおしゃべりしたりして 明け方ちかくまで楽しみましたが、そのうち 旅の疲れですっかり寝込んでしまいました。

 さて、夜が明けて、しばらくしたころ、波留さんとしゅんは なにやら ざわざわがやがやというざわめきにまとわりつかれて、そっと目をあけてみました。

 すると、そこには いつもなら 夜中降った雪がかなり積もっているはずのところが、春風の到来で、大きな鯨の周りだけが 暖かく、春らしい光に満ちていたり、もちろん なんとも珍しい 鯨の温泉浴を一目見ようと、沢山の厚着をした人間達が集まってきていました。
みんなは 波留さんをとおまきにしながらも、 いきなりばっ、ばっと明るい光を浴びせて写真をとったり、滑ったりころんだりしながらすぐ近くまでやってきたり、マイクを持った人間が 耳元で 何か大声でしゃべったりまで しはじめました。
  あれあれ、どうしたものだか・・と 思っているうちに、波留さんのまわりをかこむように、車や人の垣ができて、騒ぎは一層激しくなっていく様子・・・。

 人の目では決して見ることの出来ない春風のしゅんは、面倒なことになったな と思いながら、目をぱちくりして 機嫌よくお愛想を振り撒いている波留さんをつついていいました。 

「ね、このままだともっといっぱい人が集まってきて、ひょっとすると 人間達につかまって 波留さん、虹の海に帰れなくなるかもしれないよ。」

 それを聞いた波留さん、はっとして目を見開くと、
「そうだわね、前にも 大きな私が珍しいからって 大騒ぎになったことがあったわ。
ここは さっさと退散したほうがよさそうね。」というと、いきなり しばらくやったことのなかった位に大きなジャンプをして、ザッパーン!とお湯の外に飛び出すと、そのジャンプで 頭からびしょぬれになったために、大声で走ったり叫んだりして騒ぎまくっている沢山の人間達が、ふたたび 降り始めた雪にまみれるのを尻目に、さっさと深い海に潜ってしまいました。

 しばらくは 舟やヘリコプターが追いかけてきましたが、そのうち それも追いつかないほどの沖に出てしまうと、ふたりは やっと静かになった海の真ん中にぽっかり浮かんで、一息つきました。

 しゅんは ずっと楽しみにしていた温泉に ほんの少しの間しかつかっていられたなかった波留さんが たっぷり楽しめなかったのが気の毒で そっと たずねました。
「やっと 目指した温泉に着いたって言うのに、あんなことになって・・、もう少し 温泉でゆっくりしていたかったんじゃないの?波留さん。」
「あなたこそ つかれていたじゃないの。ちゃんと あったまったの? だけど、温泉ってきもちよかったわねー。いつか 一度行っておきたいと思いながら、旅をしなくなってから ずっとあきらめていたことが あなたのおかげで 実現できたんですもの、私は 大 大 大満足だわ!ありがとう!」

「でも・・・」 と そういわれても、気になることのある春風のしゅんは 今はもう もとのきれいなラベンダー色になった瞳を伏せて言いました。
「なぁに?」 「でも・・、何にもお土産を買えなかったよ・・・。」

波留さんは くすっと大きな体をゆすって笑うと、懐からきらりと光るものを出しました。

「あれ?それ いつかったの?へぇ〜、さすが 波留さんだぁ、すごいやー!」

 大きな体をもっと大きな海にゆだねて、悠々と すべるように 勢いよく虹の海を目指すくじらの波留さんは、長いこと夢見ていながら ずっと あきらめていた温泉に、やっとの思いをして浸かることが出来て、体中がどんどん元気になっていくように感じながら、春風のしゅんといっしょに 家路を急ぎます。

 楽しくて 元気で 朗らかでおしゃれな波留さんの帰りを 今か今かとまっている虹の海のみんなに、どんなお土産話をしようかと、行く時よりももっとワクワクしながら、波留さんは、ふと取り出した大きなタラバガニの甲羅の縁を、色とりどりの貝殻で飾って作った湯の花の手鏡の中の、素敵に生き生きした自分の様子をみて、満足そうに にっこり笑って言いました。

「さて、次は どこへ行こうかな〜 ♪」


 先月に引き続き・・ というか 今回は まったくの創作です。

実は ただいま引越し準備の真っ最中でして、なにをするにも落ち着かないし、物もたりないし・・・という状態。

 べつに 誰との約束でもなし、律儀に月々決まったときに、決まったものを配信しなくても。。とも思ったのですが、そう思うそばから、ふと こんな話が思い浮かんで、なんとなく 書いてしまいました。

 私は 自分があんまりメルヘンチックではないので、すっかりメルヘンで押し通すことが出来ず、結局 どこか 人くさい・・・生の人間部分をもった別物の話になってしまいます。

 特別くじらがすきというものでもないですし、温泉なんて からすの行水の自分には まったく縁のないものですし、のっけから”女性”と考えてもいませんでした、が、書いているうちに 楽しく生きる おばあちゃんというほどでもないけれど、年配の女性のイメージが 大きな鯨の姿にだぶって・・・ 出来てしまいました。

 いろいろ 書こうと思うと これまた言い訳というか解説じみるので止めますが、『幸に生きる』ことを、これからの新しい出発に刺激されて?どこかで 考えていたのかもしれません。。。 

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