|
11月のお話 しめちゃんのこと
|
|
冬の、そろそろ その年も暮れようというころの夕方・・ 店内は 年末セールにお越しくださった 沢山のお客様で もう 息着く間もないほどで、私たち店の者たちがお互いに声を交し合う余裕もないくらいの忙しいときが何日か続いていたころのこと。 「えんちゃん、忙しいねー。」という 声に顔を上げると、いつものようにニコニコと人懐っこい笑顔の「しめちゃん」が、仕事帰りでしょう、着物の上に黒い編み物のショールを巻き、ハンドバッグと紙袋を持って たっていました。 「あら。今帰り? さむかったねー、今日は。」 「すごいお客さんだねー。」「おかげさまでね。で 今日は?お買い物?」 私がその化粧水とクリームなどを出して紙袋にいれ、セールの景品を出して どれにする?と聞いたとき、しめちゃんは おもむろに 私を売り場の隅に連れて行き、後ろを向かせて、ごそごそを紙袋の中のものを取り出しました。 「あんたさ、これ すき?」 そういって私に持たせたのは、茶色い紙袋の中の 沢山のお菓子! 「なにこれ?どしたの? くれるの?」 「あんたさ あまいもんじゃないと食べないだろ? きょうさ、パチンコでもうけたから あんたにあげようと思って持ってきた。」 「わあー!ありがとー!うれしい! 「腕はいいんだよ!いつもさ。でもさ そろそろ今年もおわるじゃん?だから ごあいさつ。」 しめちゃんの楽しそうなニコニコ顔を見ていると こっちまでとっても あったかくなって。 「でもさ、まだまだいっぱい入っているよ、そっちの袋。」 「わかった。自分で食べる。ありがと。」 私は 紙袋にテープで封をし、かばんの中に押し込みました。 「よいお年を!」「ありがとうございます。そちら様も どうぞ 良いお年を!」 すっかり日暮れて暗くなった町のあちこちの店のライトが、年の瀬のあわただしさをあおるように通りを照らしています。 寒い風を さらに冷たく巻き上げながら忙しげに行き来する車たちのわきを、沢山の家路を急ぐ人たちが小走りに通っていきます。 「寒いわねー、遠藤さん。遅くなっちゃったけど まだいい?」
ある うららかな春の日の昼過ぎ。 昼食のための交代に戻ってきた 一時 静かな店内での私たち。 「そういえばさ、しめちゃんって 何の仕事してるのかな・・?」という私に 某美容部員の人が答えました。「仲居さん。」 すると まだ若い店員がたずねます。
「仲居さんって?」 「ああ そうなの。」 私も そこで はじめて しめちゃんの仕事を知ったのですが、とにかく元気でしゃきしゃきしていて 話し好きで なんにでも興味を示すその飾らない様子は、きっと 旅館でも人気になっているだろうな・・と 思ったものです。
それから しばらくたった ある暑い夏の午後・・ 店の前に出してある かごもの(いくつかの大きめのかごに売れ筋商品を陳列すること)に はたきをかけに表に出ていた私に、ちょうど 通りかかったしめちゃんが声をかけました。 「暑いねー・・。げんき〜?」 「うん・・。」 「ああ、でも いい、すぐ帰るから。ほら これ・・」 指差された方、しめちゃんの足元を見て 私は 思わず「どうしたの!!それ!」といってしまいました。 「そうなんだよ。この春さ、仕事やめたじゃん?」 「だってさ、年金もらうようになってさ、年金もらって 給料もらってじゃ悪いじゃん?だからやめたの。」 「でさ、やめたとたんに あっちこっちおかしくなってきちゃってさ。やっぱ 働いてないと人間ろくなことないんだよ。」 聞けば、肺に穴の空く気胸をやり、体を冷やして夏風邪をこじらした挙句、むくみが生じるようになり、薬を処方してもらい続けてきたけれど、ここへきて 2時間の外出も 難しくなるほど、足がむくんで、私が素っ頓狂な声を上げるくらい、はいている靴から 足があふれてしまうほどのむくみを持つようになってしまった・・というのです。 「やだー。早く帰ってよ。沢山 お小水出さなくちゃだめなんだよ。」 そんなのいらない、一人で帰れる とつっぱねたしめちゃんは、私が見送るうちに、すこしうつむきながら、強い西日に背中を押されて ゆっくり歩いていってしまいました。
ある 冷たい風の吹き始める秋の日・・ その日は 店の二階で行われた 無料のメイクアップセミナーのお相手をするために、一日 上にいっぱなしの日だったのですが、2回目のセミナーが もうすぐ終わるというとき、 「すみません、おいそがしのにおよび立てして・・。」
「いえ、すぐ 行かなくちゃならないんで。」 「実は おばあちゃん、なくなったんですよ。」 「なくなった? なくなったって・・、いつ?」 それは つい先日のこととかで、そういえば、ここひと月ほど姿を見かけないなーと 思ってはいたのですが、どうやら 具合が良くないらしいということを耳にし、寒くなるし しばらくゆっくりなさると良いだろうと、簡単なお見舞いを出したりはしたのですが、なくなった というのは それからほんの2週間くらいのことだったのです。 「どうして・・??」 そう・・ しめちゃんは おかあちゃん おかあちゃんといって 何かにつけて お嫁さんを立てては大事にし、たまに一緒に買い物に来ては お嫁さんの支払い分をもってやったり、二つのもので迷っていると ついでにそっちも買いなよ、といって お嫁さんにプレゼントしたりしていたこともありました。 「でもね、病院にいたのは 一週間くらいなんですよ。この間 すっごい寒い日があったじゃないですか。あの日 私が帰ろうとしたら『お母ちゃんも さむいから 気をつけるんだよ。寒いのに こんなところまで通ってもらって 悪いね。』って いって、私のほうを気にしてくれていたんですけどね、それから 私が戻って 一時間もしないうちに 病院から電話があって、急いで行ったんだけど、間に合わなくて。。」 そうなのか・・ もう しめちゃんは いなくなっちゃったのか・・ 体に気をつけて 無理なさらないでください、何かできることがあったら・・ なんて 月並みなことを言いながら、私は 胸の中で、しめちゃんがいない・・ しめちゃんは死んだんだ・・ と 繰り返していました。 セミナーが終わるので 最後の締めくくりのために 二階へあがり、いつものように 普通にお礼とこまごましたことを話しながら、お客様方がお帰りになられて、片付けたり、掃除したりしながらも、私は ずっと そうなのか・・ もう いないのか・・ こないんだなー・・・ と つぶやいていました。 「え?!うそっ!」「なんでー!」 と驚きおののく若い人たちの反応にも、そうなんだって と当たり前のように返事している私は、さぞかし無頓着に見えたかもしれません。 でも そんなこと どうでも良かったんです・・
後日・・、棚の整理をしていた私のそばに 松川さんの奥さんが近づいてきて 「ああ、いいえ、報せてくださって良かったです。ありがとうございました。ほんとに きっと よくお世話なったから しめちゃんも お母ちゃんこそ気をつけてっていってくれたんでしょう。感謝していらしたもの、そうおもいましたよ。」 それから ほんのしばらく話をして、松川さんは 帰っていかれました。 『女だからね、たとえ見た目がどうたって、やっぱり 化粧はしたほうがいいって お母ちゃんにもいってるんだよ。だけどさー、ま 忙しいってのは知ってるけどね、でも まったく 気にしない人なんでねー。いっぺん ここへつれてこようと思ってるんだけどさ、あんた 面倒見てやってくれる?』 ”大丈夫だよ、しめちゃん、おかあちゃん ちゃんと化粧していたよ。きれいに眉も描いていたし、口紅なんて ちょっと しめちゃん好みじゃないけどさ、赤くてはっきりした色つけていたよ。頬紅も いつか しめちゃんがいい色だよねっていってた明るいオレンジつけてたし・・、大丈夫だよ、よかったね。”
それから 何年かして、私は 店をやめましたが、私のいる間中、だれひとり、松川しめさんの台帳は、そのままにしていました。 もう 決して この台帳に お買い物の記録を残すことはないのだ・・と みんなわかっていたんですけれど、それでも、それでも それは 残しておきたかったのです。 「遠藤さん。私 パチンコ行ってきますけど、何かいります?」 若い子がかけてくれる声を聞きながら、「じゃ 栗むし羊羹ね。」と 言っている自分がいました。 11月は 死者の月・・と おもっているので、つい 思い出を書いてしまいました。 もう・・ 何年前のことでしょうね・・。 11月になると 必ず思い出す なくなられた方たちの、楽しい思い出、懐かしい言葉たち。 私は ずいぶんと 良い出会いに恵まれてきたように思います。しめちゃんも そのひとり。 誰にでも 分け隔てなく接し、それでも 分をわきまえて 引くところは引いていたしめちゃん。 人のために 何かしたくてしょうがなかった しめちゃん・・ 時々 思い出すんですよ、たまに 失敗したり へまをやったりして 落ち込んだときに声かけてくれた言葉を。 『まぁ、元気で がんばんな。そのうち いいことあるからさ!』 うん、げんきで がんばるよ! ありがと、しめちゃん。 |
240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色857-1 椿コーポ5号室
Ph.& Fax.. 046-876-2538 E-mail ; be@aureaovis.com