11月のお話  しめちゃんのこと

 冬の、そろそろ その年も暮れようというころの夕方・・

 店内は 年末セールにお越しくださった 沢山のお客様で もう 息着く間もないほどで、私たち店の者たちがお互いに声を交し合う余裕もないくらいの忙しいときが何日か続いていたころのこと。

 「えんちゃん、忙しいねー。」という 声に顔を上げると、いつものようにニコニコと人懐っこい笑顔の「しめちゃん」が、仕事帰りでしょう、着物の上に黒い編み物のショールを巻き、ハンドバッグと紙袋を持って たっていました。

「あら。今帰り? さむかったねー、今日は。」

「うん、表はね、寒いよー。でも 働いてればさ あんまり感じないよね。」

「そうだね。」

「すごいお客さんだねー。」

「おかげさまでね。で 今日は?お買い物?」

「え?あ そうだよね。 じゃね いつもの化粧水と乳液とクリームとファンデーションの詰め替え、頂戴よ。いくらだっけ?」

「はい、ありがと。」

 私がその化粧水とクリームなどを出して紙袋にいれ、セールの景品を出して どれにする?と聞いたとき、しめちゃんは おもむろに 私を売り場の隅に連れて行き、後ろを向かせて、ごそごそを紙袋の中のものを取り出しました。

 「あんたさ、これ すき?」

そういって私に持たせたのは、茶色い紙袋の中の 沢山のお菓子!
チョコレートにクッキーに 甘いあられせんべい、甘い生姜糖の元に栗むし羊羹!

「なにこれ?どしたの? くれるの?」

「あんたさ 甘いもんじゃないと食べないだろ? きょうさ、パチンコでもうけたから あんたにもってってやろうと思って持ってきた。」

「わあー!ありがとー!うれしい!
  すごいねー、こんなに持ってこれるほどもうけちゃうなんて。」

「腕はいいんだよ!いつもさ。でさ そろそろ今年もおわるじゃん?だから ごあいさつ。」

 しめちゃんの楽しそうなニコニコ顔を見ていると こっちまでとっても あったかくなって。

「でもさ、まだまだいっぱい入っているよ、そっちの袋。」

「これは だめだよ!孫とおかあちゃんにもっていくんだからさ。」

「わかってるよー。ちょっと言ってみただけ。」


「あんたさ、これ 自分で食べるんだよ。人にやっちゃだめだよ。ま 子供はしょうがないけどさ。あんたが食べるようにって持ってきたんだからね。ほかの人には あげちゃだめだよ。」

「わかった。自分で食べる。ありがと。」

 私は 紙袋にテープで封をし、かばんの中に押し込みました。
そして しめちゃんのお買い物と景品のあれこれを大きめの紙袋にいれ、奧で買い物をしてくるというシメちゃんに お買い物のお礼を言って、他のお客様のために 出入り口のガラス扉の戸を開けにいきました。

「よいお年を!」

「ありがとうございます。そちら様も どうぞ 良いお年を!」

「遠藤さん、風引かないで よいお年をね。」

「ありがとうございます。そちら様もお大事に。」

 ガラス戸を開けている間中 出入りくださるお客様のお声にお返事していると、しめちゃんも帰り際に声をかけます。

「またくるね。年明けなんてすぐだしさ、初パチンコでまた持ってくるよ。」

「うん!期待してるね! あんまり お屠蘇のみ過ぎないでねー。」

「あんたこそ。でも ちっとは ゆっくりできるといいね。」

 すっかり日暮れて暗くなった町のあちこちの店のライトが、年の瀬のあわただしさをあおるように通りを照らしています。

 寒い風を さらに冷たく巻き上げながら忙しげに行き来する車たちのわきを、沢山の家路を急ぐ人たちが小走りに通っていきます。

 小柄なしめちゃんの姿は すぐに 人ごみの中にまぎれて わからなくなってしまいました。

「寒いわねー、遠藤さん。遅くなっちゃったけど まだいい?」

「はい、いらっしゃいませ、どうぞ。風が冷たくなりましたねー。」 ・・・

 

 

 ある うららかな春の日。

 昼食のための交代に戻ってきた、一時静かな店内での私たち。

 「そういえばさ、しめちゃんって 何の仕事してるのかな・・?」
という私に 某美容部員の人が答えました。

「仲居さん。」

 すると まだ若い店員がたずねます。

「仲居さんって?」

「しらないの?旅館で食事運んだり お客さんの世話する人。」

「そうなんですか。」

「ああ そうなの。」 

 私も そこで はじめて しめちゃんの仕事を知ったのですが、とにかく元気でしゃきしゃきしていて 話し好きで なんにでも興味を示すその飾らない様子は、きっと 旅館でも人気になっているだろうな・・と 思ったものです。

 

 

 それから しばらくたった ある暑い夏の午後・・

 店の前に出してある かごもの(いくつかの大きめのかごに売れ筋商品を陳列すること)に はたきをかけに表に出ていた私に、ちょうど 通りかかったしめちゃんが声をかけました。

「暑いねー・・。げんき〜?」

「あ、暑いですねー。あら、めずらしい! 洋服なの?きょうは。」

「うん・・。」

 心なしかしめちゃんにしては 元気なく 頼りなげな笑いを浮かべたその表情に、ちょっと気になるものを感じた私は、表の強い日差しを避けるためにと 涼しい店内にしめちゃんを誘いました。

「ああ、でも いい、すぐ帰るから。ほら これ・・」

 指差された方、しめちゃんの足元を見て 私は 思わず
「どうしたの!!それ!」
 といってしまいました。

 普段でも着物を着て それが好きだし 楽なんだ といっていたのに、その日に限って ブラウスとスカートなんて格好でいた理由がわかりました。

「そうなんだよ。この春さ、仕事やめたじゃん?」

「やめたの?どして?」

「だってさ、年金もらうようになってさ、年金もらって 給料もらってじゃ悪いじゃん?だからやめたの。」

「そう・・。」

「でさ、やめたとたんに あっちこっちおかしくなってきちゃってさ。やっぱ 働いてないと人間ろくなことないんだよ。」

「どうしたの?どこがへんなの?」

 聞けば、肺に穴の空く気胸をやり、体を冷やして夏風邪をこじらした挙句、むくみが生じるようになったので 薬を処方して飲み続けるようになったのだけれど、ここへきて 2時間の外出も 難しくなるほど、足がむくんで、私が素っ頓狂な声を上げるくらい、はいている靴から 足があふれてしまうほどのむくみを持つようになってしまった・・というのです。

「やだー。早く帰ってよ。沢山 お小水出さなくちゃだめなんだよ。」

「わかってんだけどさ。私は あまいもん だめだしさ、タバコもやるし、晩酌もやるじゃん? 辛いものとかもすきだしさー。あれもこれもだめって言われて 面白くないから、ついパチンコとか芝居とか見にいっちゃうとさ、冷房が効いてて・・。」

「あたりまえじゃん!だめだよ そんなの。早く帰りなよ。かえれる?タクシーよぼうか?」

 そんなのいらない、一人で帰れる とつっぱねたしめちゃんは、私が見送るうちに、すこしうつむきながら、強い西日に背中を押されて ゆっくり歩いていってしまいました。

 

 

 ある 冷たい風の吹き始める秋の日・・

 その日は 店の二階で行われた 無料のメイクアップセミナーのお相手をするために、一日 上にいっぱなしだったのですが、2回目のセミナーが もうすぐ終わるというとき、
 
  「遠藤さん、下に松川さんのお嫁さんがきていらして、遠藤さんにお会いしたいそうです。急いでるみたいですよ。」

 といわれて、後をほかの人たちに頼んで降りていくと、風の吹きだまる店の前の階段下で、松川さんの奥さんが 待っておいででした。

「すみません、お忙しいのにおよび立てして・・。」 

「いえいえ、ここ 寒いですから、どうぞ。中にお入りになりませんか。」

「いえ、すぐ 行かなくちゃならないんで。」

「なにか・・?」

「実は おばあちゃん、亡くなったんですよ。」 

「なくなった? 亡くなったって・・、いつ?」

 

 それは つい先日のこととかで、そういえば、ここひと月ほど姿を見かけないなーと 思ってはいたのですが、どうやら 具合が良くないらしいということを耳にし、寒くなるし しばらくゆっくりなさると良いだろうと、簡単なお見舞いを出したりはしたのですが・・、亡くなった というのは それからほんの2週間くらいのことだったのです。

「どうして・・??」

「まぁ 肺炎だったんですけどね。でも ほんと いいばあちゃんだったから。。わたしにも よくしてくれたし。」

 そう・・ しめちゃんは おかあちゃん おかあちゃんといって 何かにつけて お嫁さんを立てては大事にし、たまに一緒に買い物に来ては お嫁さんの支払い分をもってやったり、二つのもので迷っていると ついでにそっちも買いなよ、といって お嫁さんにプレゼントしたりしていたこともありました。

 「でもね、病院にいたのは 一週間くらいなんですよ。この間 すっごい寒い日があったじゃないですか。あの日 私が帰ろうとしたら『お母ちゃんも さむいから 気をつけるんだよ。寒いのに こんなところまで通ってもらって 悪いね。』って いって、私のほうを気にしてくれていたんですけどね、それから 私が戻って 一時間もしないうちに 病院から電話があって、急いで行ったんだけど、間に合わなくて。。」

 

 そうなのか・・ もう しめちゃんは いなくなっちゃったのか・・

 

 体に気をつけて 無理なさらないでください、何かできることがあったら・・ なんて 月並みなことを言いながら、私は 胸の中で、しめちゃんがいない・・ しめちゃんは死んだんだ・・ と 繰り返していました。

 

 セミナーが終わるので 最後の締めくくりのために 二階へあがり、いつものように 参加してくださった皆様に お礼とこまごましたことをお話し、皆さんがお帰りになられて、片付けたり、掃除したりしながらも、私は ずっと そうなのか・・ もう シメちゃんはいないのか・・ こないんだなー・・・ と つぶやいていました。

 

 「え?!うそっ!」「なんでー!」 と驚きおののく若い人たちの反応にも、そうなんだって と当たり前のように返事している私は、さぞかし無頓着に見えたかもしれません。

 でも そんなこと どうでも良かったんです・・

 ほんとに どうでもよかった・・

 

 

 後日・・、棚の整理をしていた私のそばに 松川さんの奥さんが近づいてきて

「あの日は すみませんでした。お忙しかったんですよね、わかっていたんですけど・・、どうしても遠藤さんには いっておかなくちゃって おもっちゃったもんで・・。」
  と おっしゃいます。

 「ああ、いいえ、報せてくださって良かったです。ありがとうございました。
ほんとに きっと よくお世話なったから しめちゃんも お母ちゃんこそ気をつけてっていってくれたんでしょう。感謝していらしたもの、そうおもいましたよ。」

 それから ほんのしばらく話をして、松川さんは 帰っていかれました。

 『女だからね、たとえ見た目がどうたって、やっぱり 化粧はしたほうがいいって お母ちゃんにもいってるんだよ。だけどさー、ま 忙しいってのは知ってるけどね、でも まったく 気にしない人なんでねー。いっぺん ここへつれてこようと思ってるんだけどさ、あんた 面倒見てやってくれる?』

 ”大丈夫だよ、しめちゃん、おかあちゃん ちゃんと化粧していたよ。きれいに眉も描いていたし、口紅なんて ちょっと しめちゃん好みじゃないけどさ、赤くてはっきりした色つけていたよ。頬紅も いつか しめちゃんがいい色だよねっていってた明るいオレンジつけてたし・・、大丈夫だよ、よかったね。”

 

 

 それから 何年かして、私は 店をやめましたが、私のいる間中は 特に誰と打ち合わせたわけでもないのに、だれひとり、松川シメさんの台帳を、破棄しようとはしませんでした。

 もう 決して この台帳に お買い物の記録を残すことはないのだ・・と みんなわかっていたんですけれど、それでも、それでも それは 残しておきたかったのです。


 「遠藤さん。私 パチンコ行ってきますけど、何かいります?」

 若い子がかけてくれる声を聞きながら、「じゃ 栗むし羊羹ね。」と 言っている自分がいました。

 

 

 11月は 死者の月・・と おもっているので、つい 思い出を書いてしまいました。

 もう・・ 何年前のことでしょうね・・。

 11月になると 必ず思い出す なくなられた方たちの、楽しい思い出、懐かしい言葉たち。

 私は ずいぶんと 良い出会いに恵まれてきたように思います。しめちゃんも そのひとり。
子沢山の最後に生まれたから これで 〆になるように という意味で しめ という名前になったんだと わらっていたしめちゃんは、ほんとに 一緒にいればいるだけ楽しい方でした。

誰にでも 分け隔てなく接し、それでも分をわきまえて 引くところは引いていたしめちゃん。

人のために 何かしたくてしょうがなかった しめちゃん・・

 時々 思い出すんですよ、たまに 失敗したり へまをやったりして 落ち込んだときに声かけてくれた言葉を。

 『まぁ、元気で がんばんな。そのうち いいことあるからさ!』

 うん、げんきで がんばるよ! ありがと、しめちゃん。

 

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