1月のお話  ある風景

アンデルセン作 「絵のない絵本」第7夜 より) 

 

 

 『海岸に沿って ぶなとかしの林が続いていました。
きれいな色とすがすがしい匂いが漂うその場所は、春になれば沢山の小鳥たちが訪れ、近くの海岸は その季節ごとに姿を変えて、通る人々を楽しませてくれます。

 林と海の間に広い道があって その道を 沢山の馬車が日に何台も通っていきます。

 私は でも そのなかでも おおきくて古い石塚に 特に眼を留めています。
その積み重ねられた石の間を 木苺やこけももが茂りあって とても美しいのです。 
  こういうところにこそ 詩はあるのです。

私が昨日の夕方から夜にかけて見た その場所についてのいくつかのことをお話しましょう。

 まず 一番初めは金持ちの二人の地主で、馬車で通り過ぎたのですが、そこに来たとき 一人が言いました。
「いやいや、これは みんな立派な木だ!」
「 どれでも 一本から十二分なまきが取れそうだ。」と もう一人の男が言いました。
「この冬も寒さが厳しいことでしょう。去年はまきを売ってかなりの儲けがありましたからね。」

その後 次の馬車の人たちが続きました。
「この道は ずいぶん悪いねぇ。」「あの木が悪いんだよ。ここは海に面しているから 風通しがよくなくなってしまうのさ。」 馬車の中の人たちは そういいながら通り過ぎました。

 また すぐ続いて 乗合馬車がやってきました。乗客たちは 長旅で疲れていて この美しい場所を通るときも みな眠りこけていましたが、ただひとり、御者だけがラッパを吹き鳴らして ひとりで思っていました。
「オレのラッパは ほんとにいい!とくに この場所に来るといい音が出るんだ。お乗りのお客さんたちは おれのラッパをどう聞いてくれただろう?」
 そして 乗合馬車も行ってしまいました。

 その後に 馬を飛ばしてきたのは 二人の若者たちでした。彼らが馬を走らせると同じくらいに その体の中にも熱い血が駆け巡っているのを 私は知っていましたよ。
 ふたりは 苔に覆われた岡とうっそうと茂った木立を眺めながら 微笑んで言いました。
「このあたりを 粉屋のクリスティーナと散歩するのも いいなぁ!」
 そして ふたりは そのまま駆けていってしまいました。

 夜が深くなるにつれて 花の香りも潮の香りも強くなり、風も眠ってしずかになり、それにつれて海も黙ってしまいました。

 そこへやってきたのは 一台の馬車でした。
中には6人の客が乗っていましたが、4人はぐっすり眠っていて、5人目の男は 新しい夏服のことを考えていました。6人目の客が御者に言いました。
「あの石塚には なにかいみがあるのかね?」
御者は言いました。
「いいえ、何にもありませんよ。でも そばの木には意味があるんですよ。」
「そうかい、その意味とやらを聞きたいね。」
「結構ですとも。見て御覧なさい。このあたりは 冬になると一面雪でまっ平らになってしまうんですよ。そうすると雪から突き出たあの木がわしらの目印になるんでさぁ。わしもあれを目当てに先に進むんで、おかげで 誤って海に落ちることもないって分けですわ。まぁ あの木にこそ意味があるってもんでしょうやね。」
 そして 彼らも行ってしまいました。

 しばらく静かでしたが、次にやってきたのは 月夜の晩を散歩するひとりの画家でした。
かれは 何も言わずに口笛を吹きながら あたりをぶらぶらしていましたが、ふと立ち止まると、急いでそのあたりのことを描きつけはじめました。
「これならきっとすばらしい絵になるぞ!」

 彼がまだ夢中で絵を描き続けている時に、ちょうどやってきたのは ひとりの貧しい娘でした。彼女は 塚のところで腰を下ろし、持っていた荷物を置いて、月の光に照らされて、広く向こうまで見渡せる海を じっと眺めていました。

 ふと気付くと、彼女が胸元で両手を合わせて「主の祈り」を唱えているのがわかりました。

 恐らく この娘自身にも そのときの彼女の気持ちを詳しく説明することは難しいかもしれませんが、私には その思いがよくわかりました。

 きっと このひと時のことを 彼女は今後もずっと 何かあるたびに 思い起こし、あの画家の描くであろう美しい絵よりも もっと美しく はるかにすばらしいこととして 幾度も その胸に繰り返されることになるでしょう。

 私の光は 朝がその光を投げかけるまで、彼女の賢そうな額を照らし続けましたよ。


 このお話は ご存知でしょうか? ご存知のかた 多いことと思います。

『絵のない絵本』は アンデルセンの書いた沢山の有名な童話の中のひとつでもあります。
その中の 一夜の出来事を 遠藤の脚色でご紹介しました。

 沢山の人々が通る道に面したある風景について書きながら、それを見る人たちの心の情景といえるようなものをも ”月”の見たことどもとして 書き表しています。

 おもしろいですね。
同じもの、同じ場所について そこを通る人それぞれのそのときの心の風景が映し出されているわけです。

 私たちは みな こんな風なのでしょう。

 あるものが、ある人にとっては 金儲けの手段になったり、ある人にとっては 何の価値もないものとなる。 ある人にとっては 恋を語るうってつけの場所となり、ある人にとっては 話しの種になり、あるいはまた とても現実的な大事なポイントになる。

 こういうことって 私たちの日常にもたびたびあるものだろうと思います。

 たとえば 大人には どうということのないものも、小さな子供たちにとっては 無限の興味を展開できるものであるかも知れず、人から見れば 無価値なものであっても 自分にとっては何にも替えがたいほどの値打ちがあるんだ・・ なんてこと、あなたも 思い当たられることがおありではありませんか?

 それぞれが それぞれの時を それぞれに生きている。

それが わかれば、それを 受け入れられれば 誰に嫉妬することも 何にあせることもなく、安心して 元気に過ごせる・・。

 そんなことも このお話から 感じたことのひとつではありました。

 2006年が始まりました。

この年を生きる人たちが 夫々のときを それぞれに 自由に生きられるように!と
心から祈りつつ また 今年一年のお付き合いを お願いいたしたく思っております。

 よい一年にしましょう!



お問い合わせはこちら!