10月のお話  福の神になった貧乏神

 

 昔、あるところに 朝から晩まで 本当に良く働く 仲のよい夫婦がありました。

 まったく 誰がみても 良く働くというのに、いくら働いても 二人の暮らしは一向に よくなりません。これは きっと 自分たちの働きが まだまだ 十分ではないのだ とおもった夫婦は、それまでよりも もっと気持ちを込めて より一生懸命になって 働くことにしました。 

 そうして 何年か過ぎたころ、二人は 少しずつ暮らしが楽になっていることに気が付きました。一生懸命 働いたからですね。

 ふたりが これからも もっとがんばって働こうね と 話し合っているとき、神棚の引き戸を開けて、何かがのっそり顔を出しました。

 びっくりして立ち上がった二人が見ると、そこには やせて ぼろぼろの着物を着た きたないちいさなねずみのようなものがいて、二人の足元に ぽとんと 落ちるように下りてきました。

 驚いて声も出ない二人に、そのねずみのようなものは、かなしそうに そして 力なく 言いました。

「お前たち、本当に よく働くなぁ〜・・。おかげで わしは こんなに小さくなってしまった。」

「あの・・、お前様は いったい・・?」

「わしか?わしは 貧乏神じゃ。この家が居心地よくてな、ずっと いたかったのだが、お前たちが やたらに働くものだから、わしは どんどんやせて・・。
もう ここには おられんようになってしまったわい。」

 ふたりは 何がなんだかわからないままに 顔を見合わせました。

 ちいさな汚れたねずみのような貧乏神が、とぼとぼ歩き出したとき、亭主のほうが 言いました。

「あの・・、貧乏神様。」

 おかみさんは、亭主が何を言い出すのかと不安になりましたが、亭主は 立ち止まって振り向いた貧乏神に こういいました。

「いくら貧乏神といっても、やっぱり 神様には違いはないではありませんか。どうか、これまでのように いっしょに住んでください。神様を追い出すなんて できません。」

 おかみさんは、それを聞いて それもそうだとおもい、一緒になって 貧乏神を引きとめ、無理やり 貧乏神を神棚に押し上げた亭主に続いて、お神酒を上げ、お膳を据えました。

 貧乏神は、それほどまでにされて 断ることもできず、そうか、それなら・・と、腰を落ち着けることにしました。

 それから 夫婦は また いつものように 一生懸命働きました。

 そして、またしばらくたったころ、二人は もう十分にお金がたまったのをみて、蔵のある大きな家を建てることにしました。

 今日は その 待ちに待った新しい家への引越しの日です。

 荷物といっても それほどのものもない二人の暮らしでしたから、まずは 神棚を引越し先へ、と 亭主が 神棚の引き戸を開けると、突然 中から明るい光が差してきたので、ふたりは 驚いて しりもちをついてしまいました。

 びっくりしている二人の前に現れたのは、なんと 福々しいお顔でにこにこわらっているおじいさん。

「あの・・・、お前様は いったい?」

「わしか?わしは 福の神じゃよ。いやいや、福の神になった貧乏神じゃ。」

「ええっ?!それは どういうことですか?」

「お前たちが とてもよく働いてくれたおかげで、わしは 思い出すこともできないくらい遠い昔からそうだった貧乏神をやめて、福の神になったのじゃよ。
ありがとうよ。どうか これからもよろしゅうな。」

 ぽってり太った体にきれいな着物を着込み、頭には大黒帽、しろい大きな袋を肩にして、手には打ち出の小槌を持った福の神は、音もなく 神棚に戻ると 愉快で楽しい歌を歌いはじめました。

 思いがけないことに ただただ 顔を見合わせるばかりの夫婦でしたが、神棚に ありがたく手を合わせると、亭主は 注意深く神棚をおろし、ふたりで 大事に新しい家に運びました。

 おかみさんは、新居に着くと すぐに お神酒を上げ、庭の榊を取って、お祝いのご馳走と一緒に 神棚に上げました。

 二人は ぱんぱん!と 明るく手を打って、これからの福を願ったということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このお話は ご存知でしたか?

 大分前に テレビで見たような記憶があるのですが、こんなお話だったかな というところです。

 このお話にも 貧乏神の住む働き者の若者のところに、もっと働き者の嫁さんが来て、二人で一生懸命働いたので 貧乏神が出なくてはならなくなった とか、ずっと居ついていた貧乏神が、ある年の暮れに福の神と入れ替わりになるというとき、家を離れるのが辛くて泣いているところを、気の良い夫婦が 元気をつけさせて応援し、福の神を追い出したので、裕福にはならなかったけど、ずっと 楽しく暮らした などなど・・、いろいろなバージョンがあるようですね。

 それにしても、嫌われ者の貧乏神を、よくも引きとめたものですねー、このお話の中のだんなさん。おまけに その理由に納得して 一緒に お奉りしちゃうなんて・・、きっと もともと ほんとに気のいい夫婦なんでしょうね。

 そういう気持ちが、きっと 二人に福を運んできたのでしょう。
そうそう、私の知っている限りでは、このお話以外には、貧乏神が福の神になった というものはなく、貧乏神は迎え入れられても 貧乏神のまま というほうが多いのではないかと思います。

 貧乏神のせいで こんなに酷い暮らしなのだ というのは簡単でしょうし、恐らく そういう風に考えることで どうにも抜け出せない惨めな暮らしを 受け入れようとしたのかもしれない昔を思ってしまいますが、そこに ちょっとした風穴を開けたようなこの話は、とても 新鮮な感じがします。

 熱心や熱意が ”それはそういうもの”と思われて当然と見られることにでさえも作用して、願っていたことを実現する という、そんなことのようにも思えます。

 これは”そういうもの”とするのは簡単ですし、それで 諦めがつくのなら それでもいいでしょう。でも、ここまでしているのに どうして?というようなとき、これは ひょっとしてなにかがずれているのかな とか、もっと やれることがあるんじゃないか と やり方を変えてみることは、それこそ”それはそれで当たり前、そんなものだ”の陰気な貧乏神をも 陽気で沢山の福を授ける福の神にしてしまうのかもしれません。

 神様なのだから と引き止めた夫婦には、人を超えたものを敬う心があり、分をわきまえて、相応な働きを惜しみなく行った という素直さがあったようにおもえます。

 実際は、彼らが彼らを幸せにしたのであって、一体 その神様は 何をしたのか??と 考える遠藤は、福の神になった貧乏神を、つぼを押さえて うまいことをする 面白い神様だな。。と 思ったりもしています。

 あなたは どう思いますか?

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