あるところに、生まれたときから 丸くて赤い鼻をしたトナカイがいました。
名前をルドルフといいました。
ルドルフは 赤い鼻のせいで、森のみんなから いつも 赤鼻、赤鼻のトナカイとかいわれて、バカにされていました。
ルドルフには それは辛いことでした。
ある冬の晩、昼間は みんなにからかわれるので、あまり外に出ないルドルフが、雪の積もった森の中を歩いているときに、急にあたりが明るくなったので上を見ると、月の光がいっぱいの空を 大きくてすばらしくキレイなそりが とんでいくではありませんか!
その立派なそりは 8頭の大きくてたくましい 見事なトナカイが、元気よく 力強くひいていました。
ルドルフが びっくりしながら見上げていると、そりにのっていた 赤い服を着たひげのおじいさんが ルドルフに気が付きました。
ルドルフは 赤い鼻をみられてしまった!とおもって びくっとしましたが、おじいさんは 陽気に ホッホー!!っといって、大きく手を振ると あっという間に そりと一緒に 空の向こうへ飛んで行ってしまいました。
ルドルフは 急いで、家に飛んで帰り、お母さんに みたことをはなしました。
”ああ、それはね、ダッシャ−、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、それに コメット、キューピッド、ドンダー、ブリッツェンというトナカイたちでね、私たちの英雄だよ。お前のお父さんも とても 尊敬していたよ。だって あのサンタクロースの仕事は あのトナカイたちがいなかったら できないことなんだからね。
そうだ、それじゃあ 来年のクリスマスの前の晩に、サンタクロースの出発をみんなで見送るとき、お前も連れてってあげようね。”
それから ルドルフは 毎日、お母さんに サンタクロースのそりを引く 8頭のトナカイたちの話をしてもらいながら、相変わらず 森のみんなに いじめられ、からかわれる毎日を、なんとか 過ごしていました。
春と夏がきて、秋になって、雪が降り始め、また 冬がやってきました。
そして、その年のクリスマスの前の晩。ルドルフはお母さんと一緒に 森のみんなが集まって、サンタクロースの出発を見送るところへやってきました。
しかし、その晩は どういうわけか ものすごく 霧が濃く、いつもなら月の光で あたりがきらきら輝いてすばらしい光景を見られるはずが、時間とともに 霧は どんどん深くなり、あたりは すぐとなりのものさえ 見分けられなくなるくらいになってきてしまいました。
”やあ!これは酷い霧だ。当分晴れそうにないなぁ・・。”という 優しい声がしました。
”あ、ほら、サンタクロースだよ。”と お母さんが言うので、ルドルフは 一生懸命 声のするほうを見つめました。
時折 影が動いて 忙しそうに そりに荷物を乗せたり、トナカイたちに声を掛けている人がいましたが、ルドルフは じっと見つめているうちに、一年前の晩、頭の上を跳び越していったそりに乗った あのおじいさんだと わかりました。
しばらく様子を見ていた森のみんなも、サンタクロースも8頭のトナカイたちも、霧がなかなか晴れないので、このままだと 危険を承知で 出かけなくてはならないと 心配そうに話し合っていました。
そのとき、8頭のトナカイのリーダーであるダッシャーが サンタクロースに 何か 耳打ちをしました。すると サンタクロースは 大きくうなずき、ゆっくりとこちらへ近づいてきました。
森のみんなは ざわざわしながら、サンタクロースが 誰のところに行こうとしているのかと 話し始めました。
”君!そこの君。”
お母さんは サンタクロースの声を聞いて、息子を前に押し出しました。ルドルフは 何がなんだかわからずに、ひょいと みんなの前に立ちました。
すると、森のみんなが くすくす笑い始め、ルドルフの赤い鼻を いつものように からかい始めました。回りの笑い声は だんだん 大きな笑いの渦になり始めました。
サンタクロースは それを見て、静かにするように 手でみんなに合図をしましたが、みんな そんなことは お構いなしです。ルドルフは どんどん 悲しくなって、目に涙が浮かんできました。
サンタクロースの手が ルドルフの首に掛けられました。
”やぁ、君の名前は?” ルドルフは 口も利けずに 黙ったままたっています。
”サンタクロースさん、この子は 私の息子のルドルフです。”
”ルドルフ!いい名前ですね、おかあさん。”
”ええ、ありがとうございます。この子の父親もルドルフといいます。彼はあなたとあなたのそりを引く 私たちの英雄たちを とても尊敬していました。”
”・・! そうですか。ありがとう。”
”・・で、この子になにか?”
”ええ、ご覧の通り、今日という大事な日であるにもかかわらず、この霧だ。私たちは だからといって 世界中の子供たちへの約束を破ることはできないんだよ。”
”それは ごもっともなことです。”
”でも、ダッシャーたちも 少々 怖気づいていてね。”
ルドルフは さっきから 話を聴いていましたが、それを聞いて つい いいました。
”え?!僕らの英雄でも 怖気づくことがあるんですか?”
”あるさ、ルドルフ。だれにとっても 怖いものは怖い。嫌なものは嫌さ。それには 英雄だから平気だ なんてことはないんだよ。
彼らは とても 勇敢だ、どんな険しい道も どんなに酷い吹雪でも どんなに暑い場所でも 困難であればあるほど、勇気を奮い起こして わしの仕事を助けてくれる。でも 何か大変なことがあるときは、やっぱり いちいち 誰でもと同じように、怖気づいたり、恐ろしくなったり するんだ。
それでも 彼らが 英雄と呼ばれるのは、たとえ 怖いと思っても、心を奮い立たせて、その時しなくてはならないことを 精一杯するために、けっして その困難から逃げない という そのことのためなのさ。”
たとえ怖くても 心を奮い立たせ、勇気を振しぼって 目の前の困難に取り組む・・
ルドルフは 体中に 熱いものが流れてくるような感じがしました。
”さて、ルドルフ。”
”・・あ、はい、サンタクロースさん!”
”君に おりいって 頼みがあるんだが・・・”
”・・!頼み? ぼくに あなたが 頼みがあるんですって? どうして?”
”そう、君に頼みがあるんだよ。
ごらん、この深い霧を。君の周りには お母さんがいるし、森のみんなもいる。だのに、どうだね、殆ど影のようにしか見えない。こんなに深い霧は 私も 長いことこの仕事をしているが 本当に 初めてだ。
でも だからといって 今日の仕事をやめるわけにはいかない。どうしても行かなくては!
”
”はい、わかります。”
”でも、ダッシャーはともかく、ドンダーやプリッツェンは こういう日が大嫌いで とても 怖がっているんだ。そうは見えないけれどね。”
ルドルフは 深く驚いて まじまじと 2頭のトナカイたちを見つめました。
彼らは 不安なのでしょう、落ち着かずに 鼻を鳴らし、足踏みをして 苛々しているようにみえました。
”ルドルフ、”
”はい。”
”君の鼻。その 赤い鼻ね。”
ルドルフは いきなり 燃え上がるように 顔が真っ赤になるのを とめることができず、下を向いて だまってしまいました。ルドルフの目には どんどん 涙が溢れてきました。
サンタクロースは それを見て ルドルフが 長いこと 辛い思いをしてきたことを知りました。彼は やさしく ルドルフに言いました。
”君は 他の連中とは 違うね。”
ルドルフは 小さくなって ぽたぽた涙を雪の上に落としました。
息子をかばおうとして 前に出ようとしたお母さんを 手でとどめ、サンタクロースは言いました。
”君は その鼻で 辛い思いや嫌な思いをしてきたのかもしれないが、今日の私には 君のその鼻が とても 必要なんだよ。助けてくれないか?”
サンタクロースの言葉に、ルドルフは、いえ、彼のお母さんも、回りの連中も 一瞬 しーんとなるほど 驚いてしまいました。
”ぼくが、僕の鼻が あなたのお役に立つのですか?”
サンタクロースは にっこり笑って言いました。
”そうだ!この深い霧を 君の英雄たちと私が、先行きを心配せずに、安心して 世界中の子供たちとの約束を果たすために 一晩中 走り回るためには、どうしても 月の光よりも もっと明るい道案内が 必要だ!”
ルドルフの顔が ぱあっと あかるくなり、それにつれて 赤い鼻も いままでよりももっと明るく ピカピカ光り始めました。
それを見て 8頭のトナカイたちも 口々に いいました。
”やあ!これは すばらしい!” ”おい、君!一緒に走ろう!” ”ああ、これで安心だ!”
ルドルフもお母さんも 口が利けないほど びっくりしました。
”ルドルフ!行っておいで。お前の鼻が皆さんのお役に立つんだよ。行って しっかり働いておいで。神様は この日のために お前の鼻を ぴかぴかにしてくださったんだよ。きっと そうさ。”
その年のクリスマスイブは、世界中 どこでも 深くて濃い霧や猛吹雪、むしられるような暑さに巻き上がる蒸気や何も見えないくらい酷い砂嵐などで、いつもの年よりも ずっとずっと骨の折れる仕事になりましたが、ルドルフの赤い鼻は、どんなときでも 明るくあたりを照らし、道を先まで見通せるように照らし続けたので、サンタクロースと8頭のトナカイの英雄たちは、無事に仕事をやり終えて、きらきら輝く朝日の中を 森に帰ってくることができました。
ずっと 一晩中 ルドルフの帰りを待っていたお母さんは、くたくたに疲れきりながらも、誇らしげに にこにことわらっているルドルフをみて、どんなに感激したことでしょう!
”おかあさん。あなたの息子さんの勇気と働きは たいしたものですよ。
おかげで 今年も 無事に しなくてはならない仕事をすることができましたよ。良い息子さんをお持ちで しあわせですな。ホッホー!”
8頭のトナカイたちにも 口々に ほめられたり、よくがんばったと言われたりして、ルドルフは 心から みんなとは違う赤い鼻を持っていることを 感謝しました。
それから、毎年、ルドルフは 8頭の英雄たちと一緒に、どんな天気のときも みんなの先頭に立ち、明るい鼻をピカピカさせて、サンタクロースの手伝いをすることになったということです。
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