7月のお話  友人くん


 この間の日曜日、私は 友達の知美(ともみ)ちゃんと一緒にする夏休みの自由研究の打ち合わせをするために、友美ちゃんに家まで来てもらいました。
  知美ちゃんは、同じクラスになってから 初めてうちに来るので、その日の朝、私は 近くのバス停まで迎えにいきました。
 
  バスから降りてきた知美ちゃんは、赤い地に白い水玉のリボンを巻いたかわいい麦藁帽子をかぶっていました。私たちは お互いに おはようを言いあって、川のほうに向かって 並んで歩き始めました。

 うちに行くには バス通りの道を通っていくのが 一番早いのですが、私は そういう道よりも 川のそばの静かな道が好きなので、知美ちゃんにも その道を教えてあげたかったのです。

 海に近い場所なので、町の中なのに その川は ちょっと広くて、そこにかかっている橋も、バスや車がかなり通っています。橋の手前から左にまがって川沿いの道に入ると、いつもは 急に 静かになるのですが・・、その日は どういうわけか向こうとこっちの川岸に 人だかりがしていて なんだかざわざわしています。

 「人がいっぱい。今日は なにかあるの?」と 知美ちゃんが言うので、私は「なんだろう?いつもは ほとんど人がいないんだけどね。何かあったのかな・・?」と言って、二人で あまり人垣の無いところをみつけて 川を見ました。

 最初は 何をみんなが見ているのか分からなかったのですが、ふと 大分水かさが減っている向側の川べりの、ブロックのでこぼこを伝って ひとりの男の子がゆっくり川に下りていくところを見つけました。

 「あ、ほら、あれ。みんな あの子のこと、見てるんじゃない?」と知美ちゃんが言いました。「危ないナー・・、あんなことして だいじょうぶなのかな?」と私がいうと、知美ちゃんは 男の子をじっと見つめて、「ねぇ、みぃちゃん。あれ、友人(ゆうと)くんじゃない?」といいました。

 そうかな・・?と おもってじっとその男の子を見ていると 確かに私たちと同じクラスの友人くんです。
  いつも クラスの中では ほんとに うるさくて、何かにつけて なんだかんだと口を出してきては、みんなのじゃまをしたり、一緒にしなくちゃいけないことも いつの間にかいなくなってやらなかったり、掃除はサボるし、給食はいつもおかわりするのに、いつも一番早く食べ終わって さっさと遊びに行っちゃうので、同じ班になった人たちからは いつも 文句を言われてしまう、あの友人くんだったのです。

 また なんか怒られるようなことをやってるのかなー・・と ちょっとうんざりした気持ちで、友人くんがそろそろと降りていく先を見て、私たちは ああ!・・と おもいました。

 引き潮で水かさの減った川のふちには いつもは水で見えないのですが、ずっとブロックが並べられ、どういうわけか、その何個かにひとつの割合で、ブロックの開いた部分が流れに向けられていたのです。

  そして そのあいた口のひとつに 今、太った大きな鯉が 何かの拍子に 体を突っ込んでしまったのでしょう、時折 ブロックの口から見えている尾の方の半身をゆっくり動かしては、途方にくれて諦めたように じっとしているのが見えました。

 友人くんは、その鯉のほうに向かって ゆっくりと 注意深く ぬるぬるするコンクリートの縁のでこぼこを伝って 降りているところだったのです。

 それに気付いて 川岸に集まった人たちは 友人くんがうまく降りられるのか、鯉をどうしようというのか、それを見ようとしていたのです。
 私たちも 友人くんがどうなるのか、どうするのか どきどきしながら じっと見ていました。大きな声を出す人は 独りもいません。

 私は、なんとなく 回りの人たちを見回したのですが、橋の上に 警官がいるをみて、知美ちゃんに「ね、あの人、あとで 友人くんのこと、捕まえるのかな?なんで 黙ってみているんだろう・・。」と ささやきました。
 知美ちゃんは びっくりしたように そっちのほうを見ると、「今、大きな声を出したら 危ないからじゃない?」といって、ちょっと警官をにらむような目をすると、「つかまるかもしれないけど・・、そしたら、私たち 助けに行こうよ。」と いいました。

 助けに行くといったって、どうすればいいのか 全く分からなかったのですが、私は そうだね、行こう といって、また 友人くんのほうに目を移しました。

 相変わらず 注意深く 慎重にコンクリートのでこぼこを伝って降りていく友人くんでしたが、一度、足が 滑ったときは、まわりから うっという、声にもならないような 息の詰まった音が、まるで一人の人のもののように漏れました。それでも 友人くんは しっかりと身体を立て直し、一息ついて また ゆっくりゆっくり 水面に近づいていきました。

 とうとう、一番下のブロックが並んで すこし 立っていられるだけのゆとりのあるところにたどり着いたときは、私も知美ちゃんも はぁっと息を漏らしてしまいましたが、それは回りの人たちも 同じだったようで、一瞬 あたりは ほっとしたような雰囲気になりました。

 狭いながらも足場を得た友人くんは、片手で上のほうのブロックをつかみながら、身体を斜めにして、鯉の身体に手を触れたのですが、鯉は びっくりしたのでしょう、いきなり ばしゃばしゃと大きな尾で水をかき上げて暴れました。そのため、友人くんも ちょっと手を引っ込めました。

 友人くんは もう一度 鯉の身体に 注意深く そっと手を触れました。
鯉は もう一度 ばしゃばしゃとやりましたが、こんどは それほどではなさそうでした。
 鯉の尻尾をつかんだ友人くんは そおっと ブロックの口から引っ張り出そうとします。

 鯉は 弱っていたようで、たいした抵抗もしないで 引っ張り出されることに任せているように見えましたが、多分 反対側のこちらから見ていても 大きいな と思えるような鯉ですから、ちょっと重かったのかもしれません、友人くんは 大分 力を入れて 鯉を引っぱっているようにみえました。

 「もう少し・・。がんばって!」という 知美ちゃんの小さな声が聞こえました。知美ちゃんの顔を見たわけではありませんが、きっと 私も 回りの人も 同じような顔をして 同じようなことを思っていたと思います。

 突然、ずぼっという感じで、いきなり鯉が その全身を現しました。

 私たちも回りの人たちも わぁ・・っというようなため息をついて、お互いに顔を見合わせて にこにこと笑いあいました。

 鯉は、白い身体に金色や赤や黒のまだらのある大きなものでした。
「あれじゃぁ、あんなところに入っちゃったら 自分では抜けられなかったねぇ・・。」
「だけど、ずいぶん大きな鯉だよねぇ。あの子、大変だったわ。よくやったねー。」
「小さくて身軽だからよ。大人じゃ 降りる前に落っこちてるわ。」
  などといいあっている そばにいた人たちの話し声を聞きながら、私たちは 友人くんと鯉をじっと見つめていました。

 少しの間、ブロックの近くで じっとしていた鯉でしたが、そのうち 方向を変えると 疲れた人がよろよろと歩き出すような感じで、ゆっくりと川上の方へ泳ぎ始めました。

 友人くんは、鯉が 少し先のにごった水のほうに見えなくなるまで見送った後、注意深く 手を伸ばして こんどは 縁を登り始めました。

 それを見て 私と知美ちゃんは 顔を見合わせ、少しずつ 向こう側に向かうために あるきだしました。 
  なんとなく橋の上をみると あの警官も 人々の間を縫って 友人くんのほうへ向かっている様子です。

 私たちは、急に急ぎ足になって まだ 鯉の行方を追っている人たちや、さっきまでのことを話しながら ぞろぞろ歩いている人たちの間を いそぎました。

 私たちが橋の真ん中に来るころ、友人くんは ようやく上まで上がってきて、ちょうど そこに行き着いた警官の差し出した手につかまって、引っ張りあげられる所でした。
 私と知美ちゃんは、顔を見合わせて 走り出しました。

 警官と友人くんが話している近くでは、人だかりがしていましたが、みんなが いろいろなことを言っているのが聞こえます。

 「ねぇ、おまわりさん、この子、一生懸命だったんだよ。勘弁してやってよ。」「ほんとはさぁ、大人がやんなくちゃいけなかったんだけど、ここは ぬるぬるして 重い大人が降りられたかどうかだよね。」「この子がやってくれて 鯉も助かって 良かったじゃないの。」 などなど・・。

 私たちも 近くで どうなることかと 人と人の間の隙間から 覗いていました。

 警官は 友人くんの名前や住所や学校や学年を聞いているようでしたが、回りの人たちがあれこれ言うので、なんだかうるさそうな顔をしていましたが、そのうち 周囲を見回すと「別に この子を捕まえてどうこうしようなんていうんじゃないから。みんなで わいわい言わないでくださいよ。」といい、それから友人くんにむかって「身が軽いからなー、でも だからってやっていいってもんじゃないぞ。流れが速かったら 危ないことだったんだからね。ちゃんと 大人に相談することも 憶えておいてくれよ。」といいながら、乗ってきた自転車にまたがると、後で連絡するからといいました。
 そして、 「もしかしたら、感謝状が出るかなぁ。」と 笑って手を振りながら みんなが歩いている中を通って行ってしまいました。

 みんなは それを聞いて、お互いに笑顔になり、それぞれ 友人くんの肩をぽんぽんとたたいたり、お疲れさん と声を掛けたり、どっか怪我してない?うちは近いの?なんていったりして、そのたびに 友人くんは 気が抜けたような顔と声で はぁ、とか ああ とか 適当な返事をしながら ちょっとうつむき加減のまま、さっさと歩き出していました。

 私たちは、結局 友人くんに声を掛けなかったのですが、私が知美ちゃんに そろそろうちに行こう と声を掛けたとき、ふと 友人くんと目が合いました。

 そのとたん、友人くんは ぱっと駆け出していってしまいました。

 私たちは、訳が分からずに 顔を見合わせましたが、なんとなく おかしくて、声を立ててわらってしまいました。

 知美ちゃんは なんだか とても 嬉しそうでした。私は その様子を見て、月曜日に友人くんが なんていうかな と ちょっとわくわくしました。

 明るい日差しが 水面にきらきらと反射する 昼近い夏の日曜日。
川沿いの道は、あっという間に人が引けて、いつものように静かな小道になり、川面を渡る 海からの涼しい風を受けながら、私と知美ちゃんは なんだか これまでよりも もっと仲良しになったような気分で、手をつないで うちに向かいました。

 


 このお話は、ある年の夏、実際に遠藤が出会ったことを元に 今回作ったお話です。

 その日、川沿いを歩いていたら、なんだか 人が集まって みな 同じほうを見ているので、なにかな と思ってのぞいたら、ひとりの小学校高学年くらいの男の子が かなり水面が低くなっている川の縁を 降りているところだったのですね。

 みんな だまって じっと それを見ている。ふと 男の子の行く手を見ると、一匹の大きな鯉が 筒のようになったところに顔を突っ込んで 動けなくなっているのが見えたのです。

 あとは お話に書いたような情景だったのですが、橋の上には やはり警官が独り立って じっと その様子を見ていました。

 私たちは 彼が鯉を救い出し、そろそろと上に上がってくるまでは見ていたのですが、ほっとしたとたん、その場を離れてしまいました。  ですから その前後は まったくの創作です。

 ずっと あの警官は?あの男の子は?と 思い出すたびに 気がかりだったのですが、今回 ふと 思い出して、自分の納得のいくように(?!) こうだったらいいな・・的な思いで 書いてしまいました。

 通常は やっぱり 注意されて、あれこれ言われるのでしょうね。
でも その時の回りの人たちも ちゃんと警官の耳に届くように、気持ち大きな声で 良くやったよ とか 無事に鯉を助けてあがってこれたんだから 良かったよね なんて 言い合っていました。

 危ないことではあります。後から考えると、なんで 大人に頼まなかったのかな とか そばの人は どうして止めなかったのかな とか いろいろおもいましたが、苦しんでいる鯉を見ていた彼は、恐らく そんなまもなく 何とかしなくちゃ、と そう思ったとたんに きっと すでに川べりを伝い始めていたのだろうな と・・。

 自分の子がああしたら と おもうと ちょっとぞっとしますが、でも 水も少なかったし・・、なんて。

 とにかく 鯉一匹のことではありましたが、鯉が救い出されるまでのしばらくの間の、あの周りに集まった人たちの思いは、多分 そう変らないものだったのではないか と 思います。

  あ、勿論、小学生の男の子が あんまりいい子じゃなかったり、いたずらっ子だったかどうかは 分かりませんよ。
  あくまでも 遠藤の勝手な書き方ですから。誤解なきように・・!

  彼は その後 どうしたでしょうね・・。

 あなたは どう おもいますか?

 

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