12月のお話  マルチンのおもてなし


 昔、ロシアの小さな町に マルチンという靴の修繕を生業としている独り暮らしの老人がいました。

 マルチンの仕事振りは丁寧で正直、おまけに 親方のところを出てひとり立ちしてから こっち、ずっと その町に住んでいましたので、町のあらかたの人の靴は 誰のものでも一度や二度は針を通してあったほどです。

 仕事場は 住まいと一緒で、通りに面した半地下にあり、窓の外を通る人たちの靴を見るだけで、それをはいているのが誰だかわかるくらい マルチンは町の人たちを良く知っていました。

 マルチンがまだ親方のところにいるころに、数人いた子供たちは運悪く死んでしまい、残されたたった一人の小さな男の子を残して、女房も死んでしまっていました。

 マルチンは 今いるところを、息子と二人で借りてくらしはじめましたが、息子にもそろそろ 力もついて 良い若者になるころ、あろうことか こんどは その子が高熱を出して あっという間になくなってしまい、それから マルチンは ずっと ひとりで暮らしていたのです。

 様々な苦労の後の独り息子の死はマルチンを変え、仕事は丁寧に良くはするものの、どうにも生活が乱れて 日曜ごとに酒場に行っては 酒を飲みほうけ、そのうち コレまでの愚痴や恨みつらみにあおられて、ふとしたことにも怒り出しては、誰かれなく 怒鳴り散らしたりして、寂しい家に戻ると、どうにもやりきれない苦しさに 重いため息をつくばかりの 哀しいくらしぶりでした。

 そんなある日、もう かれこれ8年も巡礼をしているという昔馴染みの老人が 途中を休ませてほしいとたずねてきました。
 マルチンは 懐かしさもあって 老人を招きいれ、いろいろと話をすることがありました。

 話しているうち マルチンは老人に向かって コレまでのあれこれを いかにも辛いことばかりで もう死んでしまいたいくらいだ と 愚痴を言い始めたので、老人は 言いました。

 「おまえさん、そりゃ よくないよ。わしら人間は、神様のお計らいに従って生きるもの。お前さんの息子が先に死んだ事だって、きっと そのほうがよいから そうなったのさ。それを ただただ 嘆くばかりでは、お前さんは 自分の楽しみのため、自分の満足のためだけに生きようと思うからなんだよ。」

 それを聞いたマルチンは 老人に言いました。
「じゃ、わしらは 何のために生きるんだい?」

 老人は 言います。
「神様のために生きなくちゃいけないよ、マルチン。神様が下さった命だもの、神様のために生きるのが 道理ってもんだ。そうすれば 何にも心配や苦労なんか 感じなくなって、何もかもが楽に思われるようになるさ。」

 マルチンは 懸命なところのある男でしたから、言われたことをじっと考え 聞きました。
「神様のために生きる・・って どうすればいいのやら・・?」
「お前さん、字が読めるんだろう?だったら 聖書を持ってきてお読み。あの中に しなくてはならないことをどうすればできるか が 書いてあるよ。」  

 その晩から マルチンは 仕事の後に聖書を読み始めました。聖書を読むなんて 何年ぶりのことかしれません。ですが、もともと マルチンは 素直なところもあったので、読んでいくうちに どんどん 心が晴れて、気持ちが楽になり、読めば読むほど、神様が どうしろとおっしゃっておいでなのかを 理解するようになり、感謝するばかりになりました。

 マルチンは 少しずつ 変っていきました。


 ある晩、マルチンがいつものように 明かりを灯して 聖書を読んだあと、そろそろ寝ようとして 布団の中でうつらうつらしていると、誰かが自分を呼んでいるように思い、起き上がって辺りを見回してみました。

 でも 暗い部屋のどこにも 誰の姿もありません。あらためて 布団にもぐってねようとすると、こんどは はっきりと自分の名前を呼ぶ声を聞きました。

 「だれだね?」
すると 声は いいました。
 「マルチン、明日は 通りを見ていなさい。私が行くから。」

 マルチンは立ち上がって あちこち見て回ったのですがやっぱりだれもいないので、おかしなことがある と 思いながら また 布団にもぐって眠ってしまいました。


 翌朝、いつものように 朝の食事を終えて 仕事を始めたのですが、昨夜の声の言ったことが気になって、窓の外で誰かが通るとできる影のたびに、目を上げて 表を見ていました。

 とくに 誰が来るというでもなく 時間は過ぎていきました。
やれやれ、俺も もうろくしたかな、あんなことが本当にあったなんて おもいこんだりして・・・、と マルチンは 思い始めたのですが、その時、ふと 目を上げると 窓の端に 人影がありました。

 昔は精悍な兵士だったという いまや ぼろぼろの外套をまとって 往来の雪かきで暮らしているという一人の老人が、スコップにもたれて 一息ついているところでした。

 マルチンは その男を知っていましたので、寒い日でもあるし、ちょうどサモワールもできたことだし と、扉を開けて 老人に声を掛けました。

 「そんなところじゃ 寒かろうに。よかったら 入って温まって行かんかね。」
老人は 年を取って 寒さも労働も身にこたえていたので、いそいそとお茶に呼ばれることにしました。

 まずは 一杯の暖かいお茶をご馳走になり、老人は ほうっと 生き返ったような深い息を吐きました。そして なにやら そわそわしているマルチンの様子を見てたずねました。
  「おまえさん、誰かを待っているのかい?」

 そこで マルチンは 近頃、聖書を読んで 神様のために生きるにはどうしたらよいか 考えているのだけれど、昨日は その中の、キリスト様が 学問や知識があり、良識もあるとされていた人たちのところへ出かけていったとき、同じ仲間であれば 当然するであろう、尋ねた人への当たり前のもてなし(訪れた人の足を洗ってぬぐい、接吻する)を キリスト様にしなかったけれど、ちょうど そこに現れた 学問も知識もなく、良識も持ち合わせないと思われていた貧しい女が、心を込めてもてなしをしたという事に触れた箇所を読んで 思ったことを話しました。

 「俺は おもうんだが・・、キリスト様は この世を歩いていらしたころ、誰一人毛嫌いなさらなかったし、苦しい立場の者たちに まず心を傾けていらした。お弟子たちだって 我々のような職人たちから選ばれたものだ。 
  心のおごったものは 高みから落ちていくし、心のへりくだったものは 返って上に上っていく と おっしゃた。
 それなのに、 俺は文句を言い続け 自分を不幸だと言い撒いて、みんなを居心地悪くばかりさせてきた・・。」

 年取ったもと兵士は、涙もろくなっていたこともあって、それを聞いて 涙を流しました。

 マルチンは まぁまぁ と お茶の器を取り、もう一杯やんなさい と お茶を注ぎました。老人は 胸の上で 十字を切ると いいました。
 「ありがとうよ、マルチン。おかげで 身体も気持ちも 一杯になったよ。」

 マルチンは、扉を開けて出て行く老人に向かって また 寄っておくんなさいよ、と声を掛けました。


 老人が行ってしまうと、マルチンはお茶を片付け、また 靴を縫い始めました。
  が、やっぱり たびたび 目を上げて 往来の人通りを 見ずにはいられませんでした。

 そして 何回目かに目を上げたとき、往来の向こうに 若い女が小さな赤ん坊を抱いて 雪だまりの中に 突っ立っているのを見たので、マルチンは 表に出て、声を掛けました。

 「おかみさん、どうしたね?そんな寒い中で。よかったら こっちへきて あったまらんかね。」

 女は びっくりしたのですが、何を考えることもできないような風で ついていきました。

 「火のそばのほうがいいだろう。寝台の上なら 赤ん坊の始末もしやすいことだろうし、ずっと泣いて おなかがすいたんだろう。はやく 乳をやんなさい。」

 すると女は 情けなそうな顔をして言いました。
 「乳などでないんですよ。朝から何も食べていないんです。」

 残っていたシチューとパンを 女がむさぼるように食べる間、マルチンは 赤ん坊を抱いてあやしていました。すこし おなかが満ちてくると 女は、自分の亭主が兵士で もう出征して何ヶ月も便りがないこと、あるお屋敷に奉公していたんだけれど、子連れでは困るといわれやめたこと、今いるところのおかみさんが信心深い方で キリスト様のことを思って おいてくださっていること。それから 新しい仕事がなかなかないこと、今朝 これを売ったら もう売るものがないと分かっていたけれど、お金がなくて たった一枚の肩掛けを質に入れてしまったことなどを話しました。

 マルチンは 赤ん坊に乳をやっている女のそばからはなれて、長持ちの中をごそごそやっていましたが、そのうち 一枚の袖なし外套を差し出していいました。

 「これを 持っていきなさい。いいものじゃないけど 赤ん坊をくるむくらいはできるさ。」
 女は 外套と老人の顔を見比べたとたんに泣き出しました。マルチンは 顔をそむけずにはいられませんでした。

 女が 袖なし外套を羽織り、子供を抱いて立ち去ろうとしたとき、マルチンは いくらかのお金を渡して言いました。

 「どうか、これをキリスト様のために取っておくんなさい。肩掛けをかいもどしておくれ。」
 女は 十字を切りながら 言いました。

 「おじいさん、きっと キリスト様のお恵みがありましょう。神様が ここへ来るように と 私をお呼びなすったのです。実際 この子を死なすところでした。」

 マルチンは 子供に少しの冷たい風も当てまいと外套のあわせを 深くして出て行く女の後姿を見ながら思いました。

 「いかにも。キリスト様が およこしになったのだろうよ。そうに違いないさ・・。」


 マルチンは シチューのなべを片付け、また 靴に針を通し始めました。
それでも とりたてて 珍しいことも起こらず、そんな人もとおりませんでした。

 しかし、それから 少したって、マルチンの窓の前に 独りの老婆が立ち止まりました。
  老婆は 口いっぱいまで入った木っ端の袋と 売っていくらも残っていないりんごの入った袋を持っていましたが、重いのと寒いのとで、ちょうど 立ち止まったところでした。

 木っ端の袋が持ちにくかったのでしょう。りんごの袋を脇に置いて、老婆は 木っ端のほうをゆすって 持ち手の部分を多くしようとしていました。

 すると、小さな影が近づいてきて、いきなり りんごの袋の中に手を突っ込むと、あっというまに一個つかんで、走り去ろうとしました。ところが 老婆は すばやく 子供の袖をつかんで 力いっぱい引き寄せ、その髪をむしらんばかりに 引っつかみましたので、子供は 大声で喚きあばれはじめました。

 それをみて マルチンは 急いで 表に飛び出していきました。

 老婆は 持っていた杖をつかんで こどもを打とうとしていましたが、マルチンは あわてて二人の間に入って いさめました。
  「おばあさん、赦してやんな。」

 すると 老婆は すこし ひるみましたが でも すぐに こういいました。
「赦しちゃやるけど、こんどまた 同じことをしないように、まず 骨のずいまでわからせてやらなくちゃならないよ。」

 「放してやるんだよ。キリスト様のことを思ってさ。」と さらにマルチンがいうと、老婆は ふっと 手を緩めました。とたんに 子供は 逃げ出そうとしましたが、マルチンは その肩をつかんで引き止めました。

 「おばあさんに謝るんだよ。これから 二度とするんじゃない。お前がりんごを取ったのは わしが見ていたんだからな。」
 すると 子供は 泣き出して 一生懸命 謝り始めました。

 マルチンはそれをみてりんごを子供に渡し、りんご代は 払うからと老婆に言いました。すると 老婆は いかにも不満そうに言いました。

 「あんた、そんなことするのは 甘やかすばっかりじゃないか。しばらく 忘れないように 思いっきりひっぱたいてもらわなくちゃいけないよ。」

 「おばあさん、りんご一個で それほど殴られなくちゃならないんなら、ここまで生きながら 罪を重ねてきたわしらは どうしたらいいね?」

 おばあさんは それを聞いて だまってしまいました。
「神様は 罪を赦せ と おっしゃったんだ。でなければ わしらも 赦してもらえないんだからね。どんな人も 赦さなくちゃならないんだよ。」

 「確かにそうだけれど・・、」と老婆は口ごもりながらも 「どうにも生意気でさぁ!」
「そうだ。だから わしらが教えなくちゃ。な。」

 おばあさんには 7人の孫がいて、暮らし向きは大変だけれど とてもかわいくて、だから働かなくちゃならない、と 今はもう 落ち着いて しみじみと話しました。

 マルチンのさっきの話とおばあさんの話を聞いていた子供は、荷物を持って立ち去ろうとしたおばあさんに向かって 「持っていくよ。ちょうど通り道だし。」 といって、おばあさんの肩から 重いほうの荷物を引き受けると、二人は並んで 歩き始めました。


 マルチンは 二人を見送って また 地下の仕事場へ戻りました。

 さてさて、暗くなってきました。明かりをつけて、途中までの仕事を片付け、出来上がった片方の靴の出来具合を眺めました。 良いできです。

 それから マルチンは あちこち片付けて、テーブルの上をきれいにすると、棚から聖書を取り出して 続きを読もうとしました。昨日 読んだところには しおりがはさんであるのですが、それでも ふっと 別のところが開きました。

 そして、マルチンは 何かの気配を感じて 振り向きました。
誰かがいるようですが 誰だかはっきりは分かりません。 
  その時、声がしたのです。

 「マルチン、私だよ。今日 私が行ったのに 気が付かなかったかい?」

 「だれだい?誰が来たんだい?」

 私だよ、という声と同時に ふぅっと影が浮かび上がり もと精悍な兵士だったという老人が現れ すっと消えました。

 声は続けます。「あれも 私だよ。」
 そして 赤ん坊を抱いた女が微笑んで浮かび上がったと思うと またふっと消えました。

 「あれも 私だ。」
りんごを持った子供と手をつないだ老婆が ニコニコしながら現れ、また消えました。

 マルチンは 暖かな気持ちを憶えながら、眼鏡をかけ、椅子に腰掛けて 聖書を見ました。

 開いかれたページの一番上のところには こう書いてありました。

 「あなた方は 私が空腹のときに食べさせ、乾いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときにたずねてくれた。」

 それから 少し後に こうも書いてありました。

 「私の兄弟たちである これらもっとも小さい者たちのひとりにしたのは、すなわち、私にしたことなのである。」

 マルチンは 悟りました。
あれは 夢ではなく、まさしく キリスト様が その日、マルチンを訪れ、マルチンは それを 正しくもてなしたのでした。

 

 

 
  これは トルストイの民話集『人は何で生きるか』という本の中の一つで 「愛のあるところに神がある」というお話ですが、ご存知の方、多いことと思います。

 原作は どうぞ 改めてお読みください。
  先日 読み直して その記憶のままに書いていますので、はしょったり 細かいところは さておいて と なっています。

 お話の内容は 勿論 とてもよいですが、この人の書いたもの というのは、情景が目に浮かぶようで、いわゆるビジュアル的、イメージを結びやすいですね。

 当時の靴屋のありようをまったく知らないのですが、それでも 通りに面した半地下の仕事場で、天井に近いところにある 明かりを取るための窓のそばを、人が行き来しているなんて、それだけで 薄暗いけれど暖かい、心地よさそう雰囲気を感じますね。

 熟練した腕を持つ職人である純朴な独り暮らしの老人の人となりも ごく自然に伝わってきます。
  ・・ あ もしかして 遠藤の書いたものでは 分からないかもしれません。

 ですから  どうぞ 原作を! お読みくださいね。

 中高とミッション系の学校でしたから、やっぱり クリスマスなどの時には いろいろな活動があり、その中に 実際に 施設の訪問などもあって、歌を歌ったり、一緒に遊んだりということをしたこともあります。

 でも、どうも そういうことって その時限りという感じがあって・・、本当は そうではいけないのですが、どことなく やってあげてる風もあり、どうにも 居心地の良くないものではありました。

 以前 恩師との話(B-Note 10月18日 道しるべ)の中で どういう人が天国にいけるのか と 聞いたとき、神様の望みを果たした人、あるいは 果たそうと努力した人 という答えを聞いて、説明を願ったことがありますが、この話も 人を愛する ということについて 理解しやすく書いてあるな と 思います。

 しかしながら、あっちこっちで 恐ろしい事件が頻繁に起こっているにもかかわらず、連日の報道で そんなことにも感覚が鈍って、やだなー と思う程度になっている この世知辛いご時世にあると、なんだか 愛するとか もてなすとか なんて どこか別の世界のことのように思えてしまったりもします。

 それでも、いや だからこそ、でしょうね、そんな世の中だからこそ、関わる人を 大切にもてなすことが、今こそ 求められているように 思えてなりません。

 あなたは どう思いますか?

 

REJOICE !

 

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