1月のお話  雪女

 

 

 

  昔、とても寒い北国のある村の山に、きこりの親子が住んでいました。

 冬が来て、山も里もどこもかしこも 深い雪に覆われるようになって、それまで木を切って売っていた暮らしが出来なくなると、親子は鉄砲を担いで 猟に出かけていきました。

 そんなある年の いつもよりも風の穏やかなある日、二人は また 猟に出かけていきました。ところが 出て行くときは 何の心配もなさそうだった空が、突然厚い雲に覆われ、みるみるうちに あたりは まるで 夜のように暗くなり、雪を含んだ冷たい風が 突風のように強く吹いて、あっというまに吹雪になってしまいました。

 二人は 近くに山小屋があったのを知っていましたから、なんとか そこへ逃れようと必死で どんどん積もっていく雪の中を 夢中で歩いていきました。

 ようやく、山小屋に入って 急いで火をおこした二人は、体を温めながら 余分な食べ物も何も無いけれど、吹雪がやむまでは そこにいることにしました。

 どれほど火をたいても なかなか温かく感じないほど ひどい吹雪でした。
二人は 寒さと疲れで いつの間にか 火のそばで丸くなって眠ってしまいました。

 風はどんどん強くなり、吹雪も猛烈な勢いになってきたのでしょう。しばらくすると いきなり強い風が ごうっと吹いたと思うと、山小屋の戸がばんっ!と開き、どっと冷たい風が吹き込んで、せっかく起こした火を一瞬で吹き消してしまいました。

 息子の吉は、大きな音と冷たい強い風に起こされて飛び起き、向こう側にいる父親のほうを見ました。すると そこに 一人の女の姿がありました。

 「誰だっ!そこで なにをしている?!」

 一瞬 風と吹雪の止んだ表の雪が 月の光に反射して 小屋の中の様子が見えると、吉は それが 美しい若い女であることを知りました。

 女は、吉のほうを見ようともせず、父親の顔に 静かに白く冷たい息を吹きかけました。すると 父親は だんだんと 白く凍っていきました。

 次に 女は吉のほうに向き直り、じっと 吉を見つめました。

 「俺も! ・・ 俺も 殺すのか?!」
吉は 冷たさに固くなった体を懸命に動かして、なんとか逃れようと 必死に後じさりしようとしたのですが、どうにも体が言うことをききません。

 そんな吉の前に来た その女は じっと吉を見つめると、なぜか 柔らかな声でやさしく言いました。

 「お前の命は 取らない。お前は まだ若く、その命は輝いている。お前が望むなら、私はお前の命をそのままにしよう。
 だが、一つだけ この私と約束しなくてはならない。 」

 「なんだ?何を約束するというのだ?」

 「今日 お前がここで見たことは お前が死ぬまで ずっと 誰にも話さない、と約束するのだ。そうすれば お前は無事にお前の一生を過ごすことが出来る。
  でも もしも 誰かに今日のことを話せば、その時は 美しく輝いているお前の命は 終わってしまうだろう。」

 吉は、必死で 強くうなずくと、
「大丈夫だ。誰にも言わない。決して 言わない。」と 叫びました。

 その声を最後まで聞かないうちに、若い女は また 降り始めた雪の中へ 吸い込まれるようにして 行ってしまい、吉は そのまま 気を失ってしまいました。

 

 開けたままの戸口から 暖かな日差しが流れ込んで 吉は目を覚ましました。
そばでは 父親が 冷たくなっていました。

 それから 一年たったある日。
その日は 朝から雨が降り、昼ころには 大分雨脚が強くなってきていました。
 吉は、表の様子をみようと 窓から外をのぞいて、家の軒下に 雨宿りをしている女の人がいることに気がつきました。

 「もし、こんな雨では 軒下にいても ずぶぬれになるじゃろうに。よかったら 雨が止むまで 中でお待ちなされ。」

 若い女の人は 吉の優しい言葉に 嬉しそうにうなずくと 中に入ってきました。

 濡れた足を拭き、火のそばから 少しはなれたところに 静かにしとやかに座った女の人は、名前を 雪 と名のりました。

 長い雨の間、仲良く話をしながら、吉は 雪の美しさと優しい微笑みに すっかり心を奪われ、雪も また 吉の心の穏やかさに感じ入り、ふたりは そのまま 一緒に暮らすことになりました。

 それから また 一年。二人は 一人のかわいい女の子に恵まれました。
吉は 大事な雪と娘のために がんばって働き、雪も また 子供を良く育て、吉のために 一生懸命 つくしました。 ふたりは 本当に 幸せでした。
 ただ、雪が 強い日差しに弱く、たまさか 何かの拍子に日に当たった後は しばらく ふせっていなくてはならないことだけを のぞいては・・。

 二人のかわいい一人娘が ようやくたって 歩き始めたある日の夜のこと。
吉は 小さな娘の着物を縫っている雪の横顔を眺めて ふと 何やらを 思い出しそうな気がしました。

 「のう、雪。わしは 以前 お前によう似た美しい女子に おうたことがある・・。」

雪は 一瞬 こわばったように手を止めて じっと 吉の顔を見つめましした。そして その顔を見た吉は、突然 すっかり思い出したのです。

 「そうじゃ。あの雪の日の山小屋で おうた。あの日のあの女・・。
雪や、お前は あの女によう似とる・・。 おとうはあの女に 命を奪われおったのじゃ。あれは 雪女だったのじゃ。

 しかし・・、雪、おまえ もしかして あの時のあの女か・・?雪女なのか・・?」

 雪は それを聞くと、手にしていた縫い物をおいて、悲しげに じっと吉を見つめていいました。

 「どうして・・!何故 話してしまったのです。あれほど 約束したのに・・!」

 そういいながら 静かに立ち上がった雪の着物は、あの日 降り積もっていた雪のように真っ白に変っていました。

 「これは一体?! おい、どうしたんだ! 雪・・!」

 「幸せだったのに・・。ずっと 幸せでいられると思っていたのに。
もう 一緒にいられない。もう 人の姿でいられなくなってしまった・・。
  吉や、私は 帰らなくてはなりません。本当にお前様が好きだった・・!
お前様のことは、ずっと ずっと 忘れません。どうか子供を、子供を頼みます。」

 真っ白な雪の頬に きらきら輝く氷のような涙をつぎつぎに伝わせ、声を震わせて ようやく そう言った雪は、あの日のように 動けずにいる吉の前を通って、いきなり開いた戸から吹き込んで来た冷たい風に運ばれるようにして、深い夜の闇に消えていってしまいました。

 「お前様、吉や。命をとらないのは、娘が独りぼっちにならないためです。どうぞ 娘をかわいがって 大事に育ててやってくださいまし。そして 時には どうか 私を 思い出してくださいまし。お前様のことは ずっと ずっと 忘れません。」

 開け放された戸口から 悲しく冷たい静かな風にのって 雪の最後の言葉が 吉の耳に届きました。

 


  このお話は どなたもご存知のことと思います。
それこそ いろいろなバリエーションがあちこちにあるのでしょうと思いますが、なんとなく こんな風に まとめました。

 「約束を守る」ということが ごく当然のことなのだ ということ、割りに人は分かってないように思います。

 ・・というか、最近 意識して 約束 という言葉を使うように思えているのですね、。あまり 約束ということをしなくなっているのではないかな なんて おもったり。。 

 いろんな約束があります。結婚などは とくに大きな約束事なのだろうと思います。生涯 いっしょにいる という約束。
 それから 親子であるということ。最後まで親の、子の責任を果たすという親子で交わされる約束。
 友人とのそれもありましょう。あるいは公との約束というものもあります。

 どんな約束であっても、約束したのなら、守り通す というのが”すじ”というもの。

 

 吉は、雪に心を許し、そして 思い出したことを話してしまったがゆえに、雪を失います。 
こんなところは 夫婦であっても個人である なんてことを 考えてしまいます・・。

雪は 何故 吉と一緒に暮らしたかったんでしょうね・・。
 恐らく 最初は監視のつもりだったかもしれない。でも 一緒に暮らして、子供が出来て・・、当たり前?の生活を幸せと思ってしまったのかもしれないですね。

 いつも こういう話を読むと思うのですよ。ずいぶん 物の怪も勝手だなぁ・・と。
で 人間って どうしてこう いちいち 振り回されるんだろう と。
 言わせてもらえば 物の怪のわがまま でしょうが・・ なんて。

 一緒にいればいいのに、だってすきなんでしょう?お互い そう思っているんなら、普通じゃなくたって いいじゃないの。・・・と 思ってしまうのです。

 実際、なんとなく まわりのそういう人たちを 思い出してしまう話なのです・・。

 あ だからといって 度外れたことを奨励しているわけではないのですよ。なにしろ 世の中、世間一般、常識、通常 というのに、人は かなーり 縛られているのは よくわかっていますから、そういうところから 自分から外れて(?)いくというのが、結構な労力を要する というのは、やっていてよくわかるので、すごくはお勧めはしないほうではあります。・・けど それでも そんな風に思ってしまう・・という そんなお話として 年頭に持ってきました。

 これから、世の中は 当たり前に変ってくるでしょう。
そして それは ごく 一般の、普通の人たち の生活においてもいえそうです。

 いろいろな意味で、私たちは 変わっていかなくては 生きられない ということを学び それを実践しなくていかざるを得なっていくと 予想しています。

 そして、そういう変化の激しいときほど、互いに交わされる約束が、大切な 人が人であるための「錨」の役をするのではないかな・・と 考えているところです。

あなたは どう思いますか?


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