11月のお話  仙人と梨

 

 にぎやかな街の その広場には、いつも いろいろな店が並んでいて、時には 自分の畑で取れたものや 家でこしらえたものなども売っていて、それはそれはにぎやかなものでした。

 その日は その中でも また とくに 人だかりのしているところがあって、ひとりの男が 荷台にたくさんの梨をのせて、道行く人を呼び止めては売っていました。

 「さぁ さぁ、うまいよー!この梨は 格別うまい梨だよ。なぜかといえば、俺が 丹精こめて育て上げた木になったものだからだ。
 どうだい?この大きさ!こんなに大きな梨を見たことがあるかい?
大きな梨は 大味だというのは 俺様の梨に それはない!
 ためしに 一切れ、どうだい? ほれ、お前さんも。」

 男は そうやって 集まってきた人たちに 小さな一切れずつを渡して 食べてもらうと、その梨を食べた人たちは 口々に

 「やあ!本当だ。」「これは うまい!」「なんて 甘くて汁けがたっぷりなんだろう!」「こんな梨は 今まで食べたことがない。」「うまい、うまい。」

 と、大層な評判。
勿論 梨は どんどん 売れていきます。

 「さぁ、さぁ、買った、買った!うまい梨だよー!」

 少々値の張るその梨が売れるたびに 腰の銭袋が膨らんで 気持ちの良い音を立てて 揺れるのです。  男は 面白くてたまりません。

 梨売りは なおも 声を張り上げて 人々に呼びかけました。

 するとその時、ひとりの老人がやってきて、梨売りの男に言いました。

「皆さんが うまそうに食べているその梨を わしにも一個 くれんかね?」

 男は その老人のみすぼらしいなりを じろじろとみて いいました。

「そりゃあ いいけど、じいさん、金はあるんだろうな?」

「いやいや、金などあるものかね。この年だ、ろくに働くことも出来ずに、毎日 少ない金で食いつないできて、昨日 すっかり使い果たしてしまった。
 今日は、朝から何も食べていないし、のどもからからだし、おいしそうな お前さんの その梨で、渇いたのどを潤したいと思ってな。」

 「まず きのどくなことだが・・、しかし、金がなくては 話にならん。」

 そういって 男は 梨の乗っている荷台のまえに 立ちふさがりました。

 老人は なんどか 同じことを繰り返して、梨をもらえるように 頼んだのですが、言えば言うほど 男は 老人の話など聞こえなかったようにするのです。

 集まった人たちは そのやり取りを聞いていて、なんだか 老人が気の毒になりました。そこで その中で 沢山梨を買ったひとりが、老人のそばに来て、そっと 一個の梨を手渡しました。

 「おや、下さるんですか?ああ、これは ありがたい!なんとも ご親切に!本当に ありがとうございます。では いただきます。」

 そして がぶっと勢いよく 梨にかぶりつくと、あっという間に 平らげてしまったのですが、老人は 最後に 口の中から ぺっぺと種を吐き出し、掌にのせました。

 「皆さん、今の梨は 本当においしかった。この梨をくれた人だけではなく、わしを 気の毒だと思ってくださった 皆さんのために、今度は わしが 皆さんに梨をごちそうしましょう。」

 そういって 足元の地面を靴の先でけって 浅い穴を掘ると、梨の種をそこにまいて、水を持っていた人に 水を たっぷりとかけてもらいました。

 みんな 何が始まるのか 興味津々、周りを囲んで見守っています。
 男も 一緒に 見ていましたが、年寄りのたわごと と 馬鹿にしていました。

 水がすっかり 掛けられると、老人は 皆を見回して言いました。

「さて、みなの衆。これから わしのこの杖で 地面をトンとたたきましょう。そうすると・・」

 そういって 老人は 地面を トンっとたたきました。
皆は 何が起こるかと 息を凝らして 見ています。

 すると、あら あら、ふしぎ!さっき埋めたばかりの梨の種から ちいさな緑の芽が出てきたではありませんか!

 皆が 驚いて騒ぎ始めたので、梨売りの男も あわてて そばに来て みなの後ろから のぞいてみました。

 梨の芽は するすると伸びていき、それも 伸びるたびに 太くなって、あれよあれよという間に 見事な一本の木になりました。

 人だかりは さっき以上にすごくなり、みんな この不思議に 夢中です。そして その中には あの 梨売りの男も いました。

 さて、老人が地面をたたいて大きくした木は、みずみずしい緑の葉を茂らせたかと思うと、木のあちこちで 美しい白い花を つぎつぎに咲かせ、あたりには 甘いよい匂いが一杯に広がってきました。

 皆、その香りをかぐだけで なんだか とても 幸せな気分になりました。

 そこに さぁっと風が吹いたとおもうと、花ははらはらと散り、次には 小さな実がなって、それは どんどん 膨らみ、ついに 大きく 立派な梨になりました。

 人々は 驚き 喜び、手を打って はやし立てました。

 「さぁ、さぁ 皆さん、どうか お好きに食べてください。わしの梨も あまくて おいしいと思いますよ。」

 人々は皆、それぞれ 老人の梨の木から 梨をもいで、食べてみました。

 それは なんと甘く なんと汁けのたっぷりした おいしい梨だったでしょう! 本当に 今まで食べた どの梨よりも おいしい梨だと だれもが思いました。

 人々が あまりに おいしい、おいしいというものですから、あの梨売りも 一口だけでも ほしいと思いましたが、いまさら その梨をくれとも いえず、みなの後ろで うろうろしていたのですが、それに気づいた老人は 一個の梨をもいで、男のところへ行き、
 「さぁ、あなたも 食べてください。どうぞ、どうぞ。」
と 手渡しました。

 回りの人々は 老人の気持ちに 手をたたいて喜びました。

 梨売りは 恥ずかしくなりながらも その梨にかぶりつき、びっくりしました。本当に おいしいのです。

 梨の木には まだ いくつも 梨が残っていましたので、梨売りは、それを 全部 売ってくれないか と言いました。

 しかし、老人は にっこり笑って 首を振ると、
「この梨は、親切にしてくれた 町の衆のもの。どうか みなの衆、すっかりもいで、たっぷりたべてくだされや。」 といいました。

 それを聞いて 木登りの得意な男達は、つぎつぎに 木によじ登って 梨をもいでは 下で待っている人たちに 投げてやり、梨は とうとう 一個の実もなくなってしまいました。

 皆は 沢山のおいしい梨を手に入れることが出来て とても 満足でした。

 そこで 老人に 口々に お礼を言い、あるものたちは 老人を 家に呼んで食事をふるまおう といいだしたりもしました。

 ところが、老人は また にっこり笑うと首を振って 言いました。

 「ありがとう、ありがとう、みなの衆。そんなに喜んでもらって わしのほうがうれしいよ。 どうか これからも 困った人には 親切にしてやってくだされや。」

 そして 突然 沸き起こった薄い煙に包まれて、老人は 人々の見ている前で、姿を消してしまいました。

 皆は 驚きながらも口々に、やっぱり 仙人様だったのだ、とか 大した仙人だったなぁ・・、とか 人に親切にすると ちゃんとよいことがあるんだなぁ・・などと言いながら 大事に梨を抱えて 夫々の家に 戻っていきました。

 梨売りの男は、あの老人が 仙人だったことに気付いて、なんと馬鹿なことをしたのか と いまさらのように悔やみながら、自分の荷車のほうへ戻っていきました。

 しかし・・、なんと 荷台の上には 一個の梨もありません。
おまけに 荷車の片方の持ち手の棒も なくなっているではありませんか。

 そこで 男は はっと 気づきました。
「ああ、そうか!あの木は 俺の荷車の持ち手で、あの木になった梨は 俺の梨だったのだ・・!ああ。。なんてこった。」

 人々のまばらになった 日の傾き始めた広場を後に、梨売りの男は、空の荷台の片方だけの持ち手を 引きにくそうに引いて、町外れの自分の家に 帰っていきました。

 

 

 このお話は ご存知でしたか? ご存知の方 いらっしゃることと思います。 ちょっと小気味良いお話ですね。

 中国のお話だったかと思います。梨 というのは いかにも お国柄。いいですね。
のどかな ちょっと風刺的な楽しいお話になっていますが、書きながら マジシャンのセロを 思い出していました。

 なんか 似てませんか? このお話の仙人は セロのご先祖様だったかもしれませんね。

 こういうお話、それと セロのマジックなど、到底 自分では どうにも出来ないことで、食べ物を出すというのをみると、いつも 思います。
 
食べ物のないところ、食べ物の少ないところで、ぜひ やってほしい、と。

 それができたら、どんなにいいか・・!

 世界中の国の 食べ物に事欠いているところで、沢山のマジックをやってほしい とおもうのです・・が、お話の仙人には ちゃんと 手近なところに材料がありましたし、セロも 自分で マジックには種がある と 言い切っていますから、それは やはり 人間業 ということになります。

 何も無いところから 食べるものが出せるものなら・・!

 それを 神業 というのですよね。 我々人間には とても どんなことをしても できないことです。 だけど 材料があれば、ね、たぶん なにかできるでしょう。

 私たちは 持ちすぎるほど、そして 捨てるほどに 食べるものを持っています。だったら、必要なだけを持ち、捨てないように工夫して、足りないところに役立てることを、やっぱり 考えなくてはいけないですよね。

 そんなことも考えた 今月のお話でした。

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