3月のお話  ボタンインコ

 

   
  町の通りの突き当たりにある学校は、その町に住むたいていの子供達が通っていました。

 休みの日以外の毎日、子供たちは 朝になると学校に集まり、お昼を食べに家に戻り、また 午後になると学校に来て 少し勉強した後、夕方 それぞれの家に帰るのでした。

 ところで、学校の入り口、門の片方の脇には、そういう子供たちとは 少し違った子が一人、雨や雪や風、寒いときやものすごく暑いときのほかは、やっぱり 毎日、鳥かごを乗せた 小さな古い机のそばにおいた うまく座らないと危なそうなイスに 座っていました。

 その子、スーザンは 物心着いたころから 毎日、そのイスと机とそして 机の上の鳥かごと その中にいる つがいのボタンインコの持ち主である ダイナばあさんと呼ばれている年取ったおばあさんにつれられて、朝 同じ時間に そこに座り、学校のお昼を知らせる鐘の音を聞いては、弁当箱を取り出して、夕べの残りの薄いスープをしませたパンの残りを、だまって さも惜しそうに すこしずつ食べるのでした。

 スーザンは 自分がいくつなのか知りません。
 ダイナばあさんにいたっては、じっとしていると 一体 生きているのか死んでいるのか と おもうくらいなので、多分 そこに 鳥かごと中のボタンインコのつがいがいなかったら、だれも そこに その二人がいるなんて 気にもかけなかったことでしょう。
 でも、ふたりは ただ じっと座ってばかりいたわけではありませんでした。

 お昼の鐘が鳴ると、学校の門からは たくさんの子供達が わいわい言いながら、走ったり歩いたり つまずいたり、わらったり 怒鳴ったり、追いかけっこをしたりして、飛び出してくるのですが、そのうちの何人かは、門の脇のテーブルの上の鳥かごに、いえ、鳥かごの中のボタンインコに用があって 立ち寄るのでした。

 子供たちは、そこで ダイナばあさんに 1ペニー渡します。すると ダイナばあさんは 鳥かごの小さな扉をあけて「ぼうや、指を一本 いれてみな。」といいます。

 男の子が言われたとおりにすると、つがいのボタンインコのどちらかが ちょんと 男の子の指にとまります。 その子は どきんとして 嬉しそうに笑います。

 インコは そうっと 鳥かごから出されて、スーザンが片手に持った ピンクや青や黄色や緑の沢山のリボンの束から、器用に一本のリボンを抜き取ります。

 回りの子供たちは わくわくしながら それを見ています。
リボンの束は、おみくじになっていて、一本一本に 色々なことが書いてありますが、それは 全部 未来のことについて でした。

 最初の男の子が 青いリボンをもらって おみくじを読むと、将来、彼は学者になって 沢山の研究をする と 書いてあり、男の子は 喜んで 大切そうに ポケットにしまいました。

 すると 僕も! 私もやる といいながら 数人の子供達が それぞれ 1ペニーをダイナばあさんに払い、指に止まらせたボタンインコの引いたリボンを 手に入れるのでした。

 新しいスカートをはいてきた女の子は、緑のリボンに書かれた お金持ちと結婚する という将来を読んで大喜びだし、半ズボンのひざ小僧が なぜかいつも黒い少年は、冒険の旅に出る ということでした。

 金髪の女の子は、王子様と結婚し、水色のジャケットの男の子は、医者になると ありました。

 それぞれの将来が読まれるたびに、子供たちは わぁっとはしゃいで騒ぎましたが、門を閉める当番の先生がやってきて 早く帰りなさい と 言われて、あっという間に 走って行ってしまいました。

 なんて素晴らしいんだろう、と スーザンは 思いました。1ペニーで 将来が分る。
 1ペニーどころか、 生まれてからこの方、一度も 自分のものといえるようなものをもったことのないスーザンにとっては、それは とんでもない幸運のように思えました。

 スーザンは、自分がいくつなのかも知りませんでした。
そして、 1ペニーがないことで、自分のこれまでを嘆いたこともなければ、それがあれば したいことが出来る なんて 思いつくこともありませんでした。

 おみくじを引く子供たちの嬉しそうな顔を見て よかったな と 思うことはあっても、そういうことが出来ない自分を 特に 不幸だと思うこともなかったのです。だって それがスーザンでしたから。

 そうやって 毎日、同じ年頃の子供達が ただ面白がってポケットの中のばら銭から1ペニーを取り出して、おみくじを引くのを、スーザンは ただ 見ているのでした。

 そんなある日、その日は ぽかぽかと良い陽気で、ダイナばあさんは、お昼前の静かな時間を 学校の壁にもたれて こっくりこっくりしていました。

 スーザンも あたたかな日差しを浴びて、のんびりしていたのですが、ふと 目の端に なにかが動いたのに気付き、はっとして 鳥かごを見ました。

 すると いつの間に開いたのでしょう。鳥かごの扉が 大きく開いて、ボタンインコの一羽が 出口に止まっているではありませんか!

 小鳥が逃げてしまったら 大変です。スーザンがやったわけではないけれど、必ず 自分が怒られるのは 良く分っていましたから、スーザンは 慌てて小鳥を脅かさないように、用心深くしようと 構えました。

 その時、そんなスーザンの気配を知ったかのように、小鳥は ぱっと飛び立ちましたが、いつもいつも かごのなかにいれられていたからでしょう、すぐに 飛び立つこともなく、通りの道の端に ぱたっと 落ちるように とまりました。

 スーザンは どきどきして、なんとか 小鳥をつかまえなくては と 思いましたが、そのとき、通りの向側に、やせた黒い猫がいるのを 見てしまいました。

 猫は じっと 小鳥を見つめています。
 ああ どうしよう、食べられてしまうかもしれない、そうしたら ダイナばあさんは きっと 私を叱るだろう。ダイナばあさんを起こしたほうがいいだろうか。だめだめ、やっぱり 捕まえなくちゃ。

 猫は ゆっくり うーんとのびをすると、ぺろりと舌を出して、人通りのすくない道を横切り始めました。

 スーザンは それを見て、猫より早く 小鳥をつかまえようと、静かにイスから立ち上がり、すこしずつ 小鳥のほうへ にじり寄りました。

 小鳥は 何回か おぼつかない様子で翼を動かしましたが、飛べることを思い出さないのか、地面の上を ちょこちょこと 足を動かすばかりでした。

 猫が 構えの姿勢を見せたとき、スーザンは 小鳥の後ろから くぼませた両手の平を ふわっと 小鳥にかぶせました。

 ありがたいことに 小鳥は ちっともばたつきもせずに、スーザンの手にすっぽり収まってくれました。

 猫は ぴたっとたちどまって 恨めしそうにそれを見ると、いまいましそうに 別のほうへ 行ってしまいました。

 

 スーザンは どれほど緊張し、そして ほっとしたことでしょう。

 猫が行ってしまったのを見て、急いで 後ろを振り向くと ダイナばあさんは まだ こっくりしています。

 スーザンは おばあさんに気付かれないよう、そうっと 小鳥を鳥かごに戻そうとしたのですが、その時、さっと 小さな風が吹いて、おみくじのリボンの束が 鳥かごのほうに 流れました。

 スーザンの見ている前で、インコは そのおみくじの中の一本を引き抜いて、スーザンの手に 乗りました。

 スーザンの心臓は 破裂しそうです。

 今日は スーザンが 生きてきた中で 一番 素晴らしい日です。
きっと これから先にも こんな幸運は ないでしょう! 
 スーザンは、綺麗なピンクのリボンを 震える手で持つと、いそいで、でも 気をつけて そうっと インコを かごの中にいれ、注意深く 小さな扉を閉めました。

 ダイナばあさんは まだ 塀によりかかって 眠っています。日当りの良い 学校の塀は、お日様のぬくもりで 暖かい布団のようです。

 スーザンは、静かに イスに腰掛けると、インコのくれたピンクのリボンを ゆっくり じっと 見つめました。

 なにかが書いてありますが、なんと書いてあるのかなんて スーザンには ちっとも分りません。でも スーザンは 一生分の幸せを手に入れたような 幸福な思いで、うっとりと微笑んでいました。

 それから、何年かが 過ぎました。

 学者になるという青いリボンをもらった男の子は、特に何になることもなく、ただ 平凡な勤め人になり、お金持ちと結婚するはずの女の子は 会社に勤めて 一日中 机の前に座っていました。

 半ズボンのひざ小僧を黒くしていた少年は、冒険もしないで、結婚して 数人の子供たちのために 忙しく働いていましたし、王子様と結婚するはずの金髪の女の子は、薬局に勤めていました。
 そして 水色のジャケットの男の子は、何もしませんでした。

 あの頃、おみくじで はしゃいでいた子供たちは 皆、そんなものがあったことさえ忘れてしまって、いまはもう だれも 思い出しもしません。

 でも、スーザンは あのおみくじを ずっと 持っていました。
 昼間は 必ず ポケットに入れていましたし、寝るときは いつも 枕と頬の間に挟んでいました。
  でも スーザンには 何とかいてあるかなんて わかりません。 スーザンは 字が読めなかったのです。

 スーザンの運は 濃いピンクでしたが、それは、買ったものではありません。

 スーザンの運は、それは 授かったものでした。

 

 このお話は ご存知でしょうか?

 遠藤の大好きな イギリスの作家ファージョンの「ムギと王さま」の中の 一つです。

 この 元は小さなクラシカルな本を手にしたのは、大分昔のことで、今は もう その頃のしつらえでは 販売されていません。

 本 そのもののこしらえ方が とても素敵に出来ていて、子供向けの本にしては きちんとした装丁で、表紙は固く、挿絵もエッチングのような、デッサン風・・あるいは クロッキー風な そんな風で、なにしろ 文に心惹かれて 幾度も 何度も 繰り返し繰り返し 読んでいました。

 何しろ 余りに 何度も読んだのと、そのまま 娘達が 読み継いだりしたので、持っていた本は ぼろぼろになってしまっていました。それでも その本は どうしても捨てきれず、引越しのたびに ばらけたり、折れたり 留めがゆるくなったりしてしまっていました。

 そんなになっても やっぱり その本は 捨てられなかった。そのくらい 愛着のある本、大好きなお話の集まりだったのです。

 

 この「ボタンインコ」の話は、一緒におさめられた 他のお話に比べると 大分短いものですが、読んでいると 場面が映像のように、今 ここで見ているように 分りやすいお話です。

 スーザンの毎日は 気がついたら そういうものという、子供労働者のそれのようです。

 実際、ほんの少し前までは、どこの国とかぎることなく、よく こういう子供達が いたようです。戦争で 親を亡くしたり、産み捨てられたり、あるいは 売られたり、口減らしにあったり・・して、まだまだ 大人の庇護のもとで暮らすべき年齢から、どうにか まわりのお情けや 思惑の中に組み込まれて、ただ 生きているという、そんな子供たちは、でも 実は 今、この時代にも 沢山 います。

 生きようとか 生きたい とかというよりも、そういう状態だから それを続けている という、現在や将来に夢や希望を抱くことも思いつかないような、そんな暮らしを続けている子供たちにこそ、スーザンのように 心臓が破裂しそうなくらいの喜びがあってほしいです。

 スーザンのピンクのリボンは、スーザンのために微笑んだ 誰も知らない天からの贈り物でした。そして、その一つの出来事は、ただ生きているから生き続けてきたスーザンの日々に 少しずつ彩を与え、無事に成長するときの慰めや力になっていったのでしょう。

 なにか 凄いことをしなくてもいい、たった一本のピンクのリボンのような、そんな言葉や行い、それから 微笑などを、自分がそうしていると気付くことなく できているようであれば・・ と、つくづく 思っています。

 あなたは どうおもいますか?

 

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