11月のお話  手品師


 その昔、備前の国を旅する ひとりの手品師がおりました。

 町や村のあちこちで、手品を披露しては 金を稼ぎ、人々を喜ばせたり、また 仕掛けが見抜けぬと 悔しがらせたりしておりました。

 そうやって 手品師は、あるとき 国の中ほど、お城のある町に着き、そこでも やはり 同じように、辻や旅籠で、皆を楽しませていました。

 手品師にお声がかかってお城に呼ばれたのは、そんなときのことでした。

 お城というものは、遠くから眺めるもの、お堀にかかる橋を渡ることなど、金輪際なかろうと思っていた手品師ですから、いったい何事かなどと思いつつ、恐る恐る出かけていったのでした。

 そのときの備前の守様は、少将光政殿。
この少将殿は 政に長け、よくその地を治めていたので、幕府方からも一目置かれるようなお方で、たびたび お城の外に出かけては、民草の日常をよく見、田畑で働くものたちをねぎらったり、生き物の殺傷でくらす、人々から忌み嫌われていた者らにすらも声をかけて 話し込んだりするようなお方でありました。

 少将殿は、武芸に秀でるはもちろんのこと、相手が自分と違う考えをもっていても、立場を利用して無理にいうことを聞かせようとすることなどはせず、忙しい中をわざわざそっと呼び出して、懇々と言い聞かせるようなところもおありで、そのお人柄を慕って、お仕えを願うものが おおかったということでした。

 さて、お城の中の 大きな広間には 要のお役の熊沢蕃山様や津田左源太様をはじめ、華族様方なども多くおられ、それぞれの方々は、よく上手な手品芸を たびたび見ておられたようでしたが、少将殿には、手品を見るのはこれがはじめてとか。楽しいことは みなで一緒に、と 周りの者らに集まるよう お声をかけられてのことではありました。

 当の手品師、恐れ多さも緊張も心臓のどきどきも とっくに頂点を越えつつも、ちらちらと上目遣いに周りを見ますが、どの方が何様などわかろうはずも無く、ただ それぞれにまとまった風呂敷包みが もごもごと動いているような、そんな思いの中におりました。

 少将殿のお声がかかり、手品師が 小手調べに いくつかの器用な手品をお見せしたところ、すぐに 座は和み、皆様、お喜びのご様子。そうなると 手品師本人も 気持ちがほぐれて 楽しくなってきました。

 そして、それでは、と 手品師ご自慢の金魚つりという 面白い仕掛けの手品をご披露しましょうと、近くの幼いお小姓の手伝いを願い出ました。

 少将殿のお言いつけで お小姓はしぶしぶ手品師の前に進みましたが、手品師に お前様の懐から 金魚をつり出してご覧に入れましょう、と いわれたとたん、気味悪がって いやだいやだと前を押さえてしまいます。

 手品師は、たまに そうやって仕掛けをしにくくする人も相手にしてきましたので、そのときも ちょっとした隙を見つけて さっと釣り針を投げかけて 勢いよく 引き上げたのですが、しかし、針の先には 何もかかっておらず・・

 あわてて 二度三度と 同じことを繰り返すも、気ばかり焦って 手先は狂うばかり、金魚も何もないまま、釣り針だけが 空をひゅんひゅん飛び回るのでした。

 手品師のあわてぶりやお小姓の半べそをかきながらの逃げ腰の様子に、周りはざわつき、笑ったり文句を口にする始末。

 とうとう、手品師は、これが最後と 一息ついて釣り針をお小姓のあわせに向かって投げかけたところ、あろうことか、今度は お小姓の前髪をつりあげてしまったのでした。

 思いがけない事態に かわいそうなお小姓は、小さな鮒がつりあげられて、あたふたと泳ぐような手つきをしたので、それを見た周りの人たちは、あはは、おほほと 声を上げ 手を打って笑い転げたのでした。

 もう こうなっては、と 手品師は ゆで蛸のように真っ赤になって、畳の上にはいつくばり、脂汗をたらたら流しながら
 「なんどもしてまいりました これまで ついぞ失敗したことの無い手品なのでござりますのに、今日は また とんでもない大失態。本当に お詫びの申し上げようもございませぬ。」と 子供に拾い上げられた蝉が 必死にもがくかのような叫び声の言い訳。

 しかしながら、それに加えて 急いで 「私めの思いまするは、こちら様には 人並みをはずれた秀でたご器量のお方がおられます故、それで どうにも手品がうまく運ばないのではないかと 存じまする。」などと 申し上げたのでした。

 少将様は それを聞くと、にんまりなさり、その後方では蕃山様と左源太様が 顔色を変えぬまま、それぞれのお腹の中で さもあろう、とうなずかれたそうな。

 その心は・・(そうさな、その並外れた器量の持ち主とは、おそらくわしのことに相違あるまい) とかなんとか。。

 この手品師、手品を生業にしているにもかかわらず、大失敗をやらかしたというのに、これというお咎めも無く、たたき出されることもなく、帰りには それなりの銭を受け取って、無事に お城を出てきたそうで。。

 手品には 失敗したけれど、その口の達者で、金魚は連れずとも、少将様のみならず、蕃山様や左源太様まで 釣り上げてしまった ということのようでした。

 

 

このお話は ご存知でしょうか?

 元は「手品師と蕃山」という 薄田泣菫の書いたお話です。
なんとも ユーモラスなお話ではありませんか。 様子を想像すると 笑えてしまいます。

 予断ですが、薄田泣菫氏、ちょっと検索してみてください。お若いときの写真などは なかなかの好男子ーイケメンです。ちょっと こういう人が こういうものを書くってのが、へ〜という感じもしましたが。。

 実は 元のお話は ちょいと固めの口調でして、毎度のことながら 遠藤が軽めに仕上げました。ぜひ 原作をお読みになってみてください。

 そして、これは もう 蛇足としっかり了解していることではありますが、少将殿について、書き足してあります。その分、長めお話になってしまいました。。 原作には無い部分ですので、あしからず・・・

 ただ、備前の国のどのくらいの時代かなーと おもって、調べてみたところ、少将光政という人は、かなりの跡付けもあるようですが、それでも名君とも言われたお人のよう。

 それなら、このお話のままだと ちょっとばかり 浮ついて見えそうな・・、と 妙な老婆心をだしまして、まぁ 変な言い訳になりますが、擁護のつもりなんかになってしまった・・と そうお思いくださいまし。
  (・・よけいなお世話といいますねー、世間では、こういうことを)

 ま それはともかく、原作に書かれていて ここには かかなかった文章、『この人達にだつて自惚うぬぼれは相当にあつたものだ。金魚は釣れなかつたが、手品師は素晴しい物を三つ釣り上げてゐる。』というのが、泣菫氏のいいたいところではあったことかと。。。

 ちょいと シニカルなイケメンさんだったようですね。

 あなたは どうおもいますか?

 

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