先月の末は、2年前に亡くなった恩師の誕生日だった。
恩師が無くなってからまもなく、散々に世話になった者たちの中から、恩師の言葉を集めた本を作ろうという声があがり、あろうことか こんな自分にもお声がかかった。
何をどうするも分からずに、それでも ふと以前何かにつけて恩師の行くところ、興味津々くっついていったころの気持ちになった・・のかどうか、うっかり参加の承諾をしてしまった。
とても優秀にして才長けた編集のプロKさんと、恩師の言葉を書きとめてまとめることを熱烈に願って取り組みつづけたT先生、そして餅は餅屋と夫々の分を発揮しながら 本作りに取り組んできた先輩たち・・・の、足手まといと邪魔をするまもなく、とうとう本はこの秋、現実に日の目を見るに到った。
一年以上かけた本作りは暗中模索と苦戦続きだったが、半ばごろから 少しずつ拍車がかかり始め、自分は当たり前に、先輩方は仕事休みのプライベートな時間をあてて、また編集のKさんは必ず都合をつけてくださりながら 月に一度の会合を重ねてきた。
恩師は決して表に立とうとなさる方ではなく、どちらかというと人の応援に回ることが多かったが、その応援した相手によい成果があれば本当に心から喜んでくださったし、あるいは、そうした成果らしきものがまったく見えないくても、相手を気遣い、元気付け励ましてくださった。
自分などはその後者そのままであって・・、まったくあれだけのお心遣いを戴きながら、これという成果も為すことなく、思いつくとすぐ 当たり前の顔をして 会いに行っていたのだが、そうして出かけて行っても、隣に座ってお茶を飲みながら、恩師と恩師に声を掛ける人たちとのやり取りを見ているだけで、暫くよい気分で居られた。
恩師とは、中学に入学してから、月に一度の時間(何の時間だったのか?)に出会ったのが最初だった。はじめて聞く話‐それがなんだったかは もうすっかり忘れてしまった−が、妙に納得できたので、俄然その話をした人物に興味がわき、こちらから もっと話を聞きたいのですが、と声を掛けたところ、お目にかかるたびに少しずつお話を聞いたり質問したりし始めたのが、40年以上も折に触れての大切な時間を戴くというご縁のはじまりだった。
単なる生い立ちの記や遺稿集にしたくないというT先生の願いどおり、淡々と師の"密にして真理にまつわる沢山の言葉"達が連なった一冊となった。夫々恩師との間で交わされた会話などを思い出して書き、改めて恩師に戴いた暖かくもときに厳しく、そして率直な迷いの無い導きに感謝、感動を覚えながら文を寄せ合った。
勿論、自分も書いたのだが、困難な時や節目のとき、あるいは何気なく掛けていただいた言葉を思い出して書きながら、これほどに目を掛けていただいたにもかかわらず、この程度でいる自分が大変に申し訳なくてたまらなくない。
今朝、ふと「いい人」についての恩師の言葉を思い出した。何かのときに、自分を「いい人」と言われ、自分はまったくいい人なんかじゃないから、そんなこと言われると困るといったことに答えてくださったのだと思う。
人間は一面ではなく多面の生き物だから、「いい人」の部分があって当たり前。「いい人」と人が言うからには「いい人」の部分をより強く感じられたのだろうと思う。だから「いい人」と言われる人を「いい人」と思っていいんだよ・・というような、そんなやり取りをしたような気がする。そして ここが面白いと思うのだが、恩師にいわれると、いつも、そう、いつも「なんだ、そうなのか。」とあっさり腑に落ちてしまうのである。根が単純なのもあるが、そういう自分が 正直、ちょっと嬉しい。
これは、恩師ならではのことだったな と思った。
先の例会で、先輩の一人が「私、まだなくなったという実感が無いのよね。」といわれたが、実は自分もそうで、実際、この本の集まりのときも、ふと恩師の視線を感じるような気がしたこともあった。御自分のことであれこれみんなが言い合うのを、照れくさそうに、すこし嬉しそうに、黙ってニコニコしてみておられるような気がしたものだ。
大丈夫だと思った。実は、この本の原稿を書くにあたって、かなり正直にあれこれ書いたのだが、それでは差し障る場合があるということもあって、書いた文のいくつかは、大分自分が書いたものとは変ってしまったのだが、この「本にする」ということを思えば、そうであっても伝えたいものが変っていない限り、それは特に問題にしないことにした。
本のタイトルは「幸せになる義務」。
ずっとこのお便りをお読みの方には、思い当たることがあろうかと思う。そう、
「ひつじ小屋だより」2001年7月号の編集後記に書いた恩師の言葉から採られたものである。
さて、恩師の後を継いだ先輩の一人が描いた白い雲の舞う青い空の表紙に出来上がった本を、もし恩師がごらんになられたら・・、なんといわれただろうか。
「僕、こんなこと言ったっけ?いつ言ったのかなぁ。」なんておっしゃっただろう。
本の感想を聞きに いつ行こうかと、あたりまえに思ってしまう自分がいた。
沢山の慈しみに 感謝。
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