ひつじ小屋だより 96

ひつじ小屋の風景 96

「秋野不矩展」にて

考えるひつじ

まわりをみれば・・
国でもある「私」

ちまたの話
ようこそ!ハーブさん

メイクアップ
暮らしとメイク

愛すること 45
小さな兄弟

キレイをおいしく!
鯵の干物の南蛮漬け

ひつじ小屋の日々
おいしいパワー

編集後記

発行日 2008年10月5日  発行人 遠藤由美子

ひつじ小屋の風景 96

「秋野不矩展」にて

  秋は・・、気付いた時には、すっかりそのものになっているのですね。ほんの数日の間に、夏の名残りがどこにも見えなくなってしまいました。

 風には涼しさを通り越して冷たさが含まれ、空気にもあれほどに降った雨の後にもかかわらず、湿り気よりは乾きを感じてしまう。昨夕からの厚い雲間に時折見える空の青には、はるか遠くへ誘うがごとき天の高みを感じさせ、地には様々な色合いの重さの失せた葉の数が、一晩のうちに増しているようになりました。それでも日の光だけはまだ多少にぎやかなようで、今だ自分の場合は肌には少々痛く、まだまだ衰えない太陽の勢いを認めざるを得ません。それも 秋ならでは に思います。


てんぐのうちわ

 その日は、朝から霧のような雨が音も無く降り続き、この小さな世界は静けさの中でただただ黙し、まるで眠っているかのよう。時折、そこに茶々を入れるような風が吹くと、細かな雨粒たちは 皆そろっていっせいに向きを変え、その都度 まるで透けるレースのカーテンが気まぐれな風に揺れるように空中で波打っていました。

 こんな日こそ 体をすっぽり覆えるレインコートだったなぁ・・などとぼやきながら傘を差し、ひんやりする中を歩いて 葉山は一色海岸そばにある美術館に行ってきました。

 実は、今回の展覧会は コレといって何も期待もしなければ、それこそ興味が無いのですから調べもせず、つまり何の知識もないまま、いただいた券を無駄にしたくなかったり、最近ようやく表に出ることに ものすごい緊張を感じなくなってきているような次女が、先月行った鎌倉の美術館に行ったことをとてもよかったと言っていたので誘ったところ、行ってみたいということでしたので、それではとちょうど休みだった末の息子と一緒に3人で行ってみた というだけのことでした。

 平日午前中の海辺の美術館はまだ訪れる人もまばらで、静かな空間に 秋野不矩さんの絵が 時代を追って かなりの枚数 展示されていました。

 最初に見たのは、ほぼ等身大のこちらを向いた赤ん坊を抱いた着物を着た後ろ姿の女性を描いた「朝顔」。恐らく子供をあやしながら見るともなしに見ているのであろうような風で、女性の周りを埋めるように沢山の青い朝顔とその緑の葉群れが描かれていました。 これには・・、のっけからちょっと喉の奥に軽い痛みを喰らってしまいました。

 女性の着物の帯は通常の結びの形を為さずに後ろで無造作にまとめられ、その上を帯締めでとりあえず押さえたという感じ。
  その肩から身を乗り出すようにしてあらぬ方を見つめる たぶんぐずり泣きをしているであろう赤ん坊は、良く太った丸いむき出しの小さな肩を見せて女性にしがみつき、母親は子供の重みを胸と腹で受けながら、おそらく小さな背を軽くたたいて右に左にゆっくりと体を揺らしつつ、小声で寝かし歌など口ずさんでいるでいるのではないか・・と想像しました。

 少しねじれの見える着物の背と腰から下の布のたわみに、まだ起きだすには早い時間に目を覚ました子供に起こされた若い母親が、家族の眠りを妨げないようにと、身じまいもそこそこに子供を抱いて表の朝顔の咲き群れる前に来た・・のかどうか、子育てを経験した女(ひと)ならばどこかで一度くらいは体験したような、そんな情景が 少々の悩ましさを滲ませつつ、心懐かしくに写されていました。

 女児一人を含む6人の子育てをしながらの画家の日常でもあったかもしれません・・。

 そしてまた、それが何を描いたものなのか 実は最初は分からない絵がありました。

 幅広い黄土の流れと黒い奇妙な十数個の固体らしきものが同じ向きに中央より右下あたりに斜めにあり、画面の上部は黒く、ただ暗さが表されただけの、人の両手を広げたよりもまだ広いかなり大きな絵が、作者の代表作『渡河』であるとは露ほども知らずに、分けも知らずに 強く惹きつけられたまま、時を自覚することなく立ちどまっていたようでした。

 調べてみれば「音が聞こえてくるような濁流の轟音、インドの大地から溢れ出した洪水を渡ろうとする水牛の一群。」(EPSON 美の巨人たち)とのことで、なるほど と。

 館内に展示されたかなりの枚数の絵を一渡り見、また引き返して幾度か繰り返して見て回ったそのたびに、何故それほどに気になるのかというくらいに見入ってしまったことをよくよく考えると、そこに悲壮感から遠い「積極的な諦念」と自然に近く在るときに覚えるであろう「生きるものの靭軟さ」が感じられたからかも知れません。

 「あるがままに」が物事の捉え方の基本という作者の在りようそのままを描いた大作『渡河』であるのかもしれない・・と。

 先の「朝顔」といいその「渡河」といい、その人を知らないままにそう思えるのは、自分がある程度「生を意識してきた時を重ねた」からとも思ったりもするのですが・・、それは奢り、あまりに僭越というものでしょうか。

 初秋の絵巡り、静かな雨の一日でした。

 

以前から居た 後列の ハニ ニワン ドキ 兄弟。
前列2体は 先日 Aurea Ovis の 養子になりました。

皆さん どうぞ よろしく・・!

 

 考えるひつじ 

  まわりを見れば・・  国でもある「私」

 以前、まだ販売の仕事をしていたころのある寒風の吹く夕暮れ時。二人の身なりのよい30代前後の男性が入ってきた。彼らはその日の宿を探していたので、いくつか一緒に歩いて回ったが、急に泊まれるところは無く、仕方なくすでに閉まっていた市役所に相談に行くと、すぐに英語の通じる宿に連絡して、彼らを連れて行ってくれることになった。

  ほっとして戻りかけたところ、一人が足早に戻ってきて、あなたの仕事の邪魔をしてしまったことをお詫びします。忙しいところを親切に力を貸してくれて助かりました。貴女のこれからは沢山の幸いに満たされることでしょう。どうぞ御元気で・・と 美しい英語で言ったものである。 

 仕事で韓国から来て、その日は遠藤の実家に近い佐島付近を回ったということだったが、つたない英語にもいちいち丁重に答え、なおかつ謝辞を述べる段には正面に立ち、控えめに相手の目を見て口ごもるも言いよどむもなしに心を込めていうなど、ちょーっとその辺の男どもにはできないことと感動的でさえあった。 

 正直にいうと、それまで韓国を含む大陸の人たちには ある怖れ気を抱いていたのだが、その一事で100度くらいの意識転換があったことは否めない。その国のひとりのしたことでこれほどの違いである。 実に 心せねば・・!と思った出会いだった。

ちまたの話
ようこそ!ハーブさん

↑ バジル         ↑アップルミント

・ 先月のお便りで、当方の庭が広くなったことをお読みくださったあるお客様が、ご自分で育てられたバジルとアップルミントを根つきの状態で持ってきてくださいました。土を選ばないから地植えして、と。涼しくなりましたからね、やりました。

・ ・・で、このようにちゃーんと居座ってくれました。葉に触れた指先についた香りは 本当にさわやかなよい香りで、自分の庭にこういうものがあることの小さな喜びを実感しています。

・ ずいぶん前にだめになったと思っていたミニ薔薇がつられて?花を咲かせ 嬉しさ2倍です。

  メイクアップ  暮らしとメイク

  最近思うことに、自分のするメイクとそれ以外のメイク慣れしている人たちのメイクが ずいぶん違うなぁ・・というのがあります。確かに女優やモデルのようなメイクをしたり、人種の確認をしたくなるようなメイクも勿論"あり"ですが、そして かつての自分のメイクも 今振り返って思うと、まるでこの国の人のものではなかったようでもあり・・、まぁ 業界的にそんな風なほうが受けがよかったというのもありますが、なんとも 自分の顔であって自分じゃないみたいな・・、そんなものをメイクと言っていたような気もしないではありません。

  それが、何故このところ そうしたメイクから遠くなっているのかと考えたとき、ひとつに生活の変化があるように思いました。つまり葉山という長閑な環境にあり、日々緑に囲まれているのが当たり前、季節の移ろいを楽しみ、娘のクリニック通いや実家の食事作りなどをしていると、会社勤めの時のようなメイクなどは、大仰で気恥ずかしい、かなり日常からずれたレベルのものに感じられるのですね。 

  あまりにしっかりしたメイクをしている人たち―例えばデパートで化粧品を販売している人たちなどを見ると、つい遠回りしたくなるのですが、作り込まれたメイクを良しとする環境に自分が今居ないことが、そう思わせるもっとも大きな理由のように思いました。

 メイクアップは楽しめればいい、それは本当にそう思います。 それでも、やっぱりもともとの自分の顔をそのように現すことができるなら、それこそが『ナチュラルメイク』 その人の自然な顔になるのではないかしら と、今 そんなことを 思ったりしているところです。

 

てっぺんに

残した柿は

神のもの

 

寺本つねお

そして

神の恵みに与る

小さき彼等のもの

 

愛すること 45

小さな兄弟

♪ 道の向こうから小学生の兄弟らしい男の子達がふたり、年かさの子はサッカーのボールとスポーツバッグを持って、小さい子は同じようなバッグを体をかしげながら肩から下げて、二人とも 白いシャツが透けるほどに汗をかき、髪を濡らし、少々疲れていそうながらも 笑顔で話していました。

♪ こちらとすれ違うころ、後ろから車が近づいてきたので、彼らの行き過ぎるのを待とうと立ち止まったところ、上の子のほうが下の子の荷物をさっと取り上げて自分の肩に担ぎ、その腕をつかんで道の端に寄せると横並びになって私を通してくれました。

♪ どうもありがとう、というと、二人はこちらを見上げて恥ずかしそうに笑い、おにいちゃんは軽く頭を下げました。行き過ぎて、ふと振り返って見ると、二人はまた仲良く並んで話しながら歩いていました。

♪ 薄暗くなった夕暮れ時、白いシャツが並んで遠ざかる姿がかわいらしく、ついながめていました。

きれいをおいしく!
鯵の干物の南蛮漬け

材料:鯵の干物 一人一枚、醤油:酢=1:1 人参・玉ねぎの千切り。

作り方:1 はぜいごを取って半身ずつに分け、頭と尻尾を取り除き夫々を半分に切る。

2 野菜を刻み、醤油を混ぜた漬け汁につけておく。

 揚げ油を熱し、干物を素揚げする。

4 揚げたそばから2の漬け汁に漬けていき、ふたをして半日から一晩置いていただく。

 南蛮漬け、好きなんですけど、魚の始末が面倒でした。昭和38年にあったというレシピを知り、下ごしらえを省くというこのアイデアに飛びつきました。

 やー、おいしいです!実に。
  一人一匹分じゃ不足かもしれませんよ。(^ ^v

ひつじ小屋の日々

おいしいパワー

◆ 9月は連れ合いのタコ氏、超多忙にて半月ほどを東京の実家に身を寄せての半ば単身赴任状態。

◆ 最初こそ、普段いっしょに居るとなかなか出来ないような掃除や洗濯、かたづけものなどを徹底的に嬉々としてやっていたのですが、そんなことも一通りやってしまえば、あとは なんとも手持ち無沙汰・・。

◆ そして食事。どうせ一人だからとその殆どが「食器不用、片手で食べられるもの」と考えてしまう・・。まぁ 私だけのことではありましょうが、栄養とかおいしく食べようとか、何も考えない。あるものを順に食べていけばいいや、くらいの食べ方に、いっしょに居るからこその三度の食事だったか・・と、こんなところで「共に暮らす意義」を再認識した次第でした。

◇ あまりに「おいしい」を繰り返したためか、美術館の帰りに とうとうクリニック通いの娘が「夕凪亭」で食事することに。
  どうなることかと気をもむも、食べたかったというビーフシチューオムレツを完食。出るときお店の方に おいしかったです、とまで言った!

 正直  気抜けするほど ほっとした・・。

編集後記

○ それに抵抗できない子供たちを含めた弱者を狙った犯行が間断なく続いている。非情にも奪われた愛しい命を育んできたお身内の苦しみを想像するなど到底できない。せめて安らかにと祈るだけの自分だが、それにしても恐怖と不安を野放しなのはたまらない。是が非でも一日も早い解決を!

○ 運動が苦手なので今も運動会は嫌いだが、格差をなくすために順位なしという今の運動会に自分がいたら、それ程に気の毒がられることを情けなく思うだろう。

Aurea Ovis

営業時間
 午前10時〜午後6時

連絡先  
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