Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

2010年1月

 

1 年賀状を眺めつつ・・

2 百歳 おめでとう!

3 焚き火・お芋・子供たち

 


1 年賀状を眺めつつ・・

 

 新年 あけまして おめでとうございます。

皆様方には きっと仲睦まじく、幸いな元旦をお迎えになられたことと お喜び申します。

 ・・と 書きつつも、本日 もう 正月四日目になっております・・。
 
 半世紀以上も過ごしてきた正月。毎年の事ながら、子供のころのトラウマもあって余り気分乗りのしない、楽しくも嬉しくもまったくない、ただやたらに気ぜわしさと煩わしさに流されて過ごす我が正月ではありますが、そんな中で 思わず ほほえましく思ってしまうのが、お客様方からのお年賀状。

 10代、20代からお付き合いいただいている方達が、毎年 少しずつ大人びたお顔や文面になっていったり、そのうち、大事な方とのツーショットや結婚式の時のお写真になり、新しい小さな家族を中にしての本当に嬉しそうなご様子の賀状になっていくのを見せていただけるのは、とても嬉しいものではあります。

 そして、夫々のご家庭に恵まれたちいさな人たちが、年々 ほんとに可愛い赤ちゃんから、年毎の成長のお知らせを頂き、今年はもう幼稚園?もう学校なの?・・など、あまりの時の速さに すこし しんみりしてしまう というのも、また この時季の常でもあります。

 きっと 日々身近に接していると あまり気付かずに過ごしてしまっているかもしれない、そんなお子さんたちの面影には、やはり こんな仕事をしているからかもしれませんが、夫々のママたちのお顔が重なって、あ やっぱり目元がそっくり、この賢そうな額はママ譲り、あの方のチャーミングな唇と同じ形、いいお顔はママとおんなじ、輪郭が良く似てる、笑顔がおなじように愛らしい・・などなど、お相手させていただいたころのことを思い出し 様々に思いを抱きつつ、しばらくの間 見入ってしまうそれも 楽しみのひとつです。

 小さな命が 皆 健やかで 元気で、笑顔いっぱいで人生を過ごせるように と 誰もが願い思うようなことを 思いつつも、一方では 人生なんて 楽しかったり嬉しかったりすることのほうが少なくて当然。苦しく辛いことのほうが多いことだって 珍しくないんだから、例えば もしも そういう日々が この小さな人たちのこれからにあるとしても、願わくば、彼ら彼女らが、攻め寄せる数々の困難に振り回されるばかりではなく、核となる信じるものを得て、雄々しく立ち向かい乗り越えながら、自らの手で築き上げた豊かな幸いに恵まれるようにと、可愛い笑顔たちに呼びかけます。

 小さな人たちを囲む人たちが、どうか 慈しみ深く、心優しく人と接するようでありますように。それは、自分よりも先に生きている人たちの行いを見た彼らの心に 言葉よりも先にしみこんで、なすべき善い行いとして、同じような場面に行き当たったときに、迷うことなく 必要なことを望ましく行うことができる力になるからです。

 これからの私たちの未来が、どのようになっていこうとも、新しい命が誕生している間は、私たちには希望があると思っているので、自分たちの手で、その希望の灯りを 灯し続けていかなくては・・!と 今年もまた、年頭にあたり 思わずにはいられませんでした。

 良い日々と良い時々の より多くありますように! 毎年の事ながら あらためて 皆様のために それを お祈りいたします。

 今年も どうか よろしくお願いいたします。 

 

コタツにみかん・・ 冬だね、いいね

 

 

2 百歳 おめでとう!

 

ささやかですが、お祝いの気持ちです。

百を桃(百々)で つくりましたー♪

(無理矢理っぽいですかね・・? 
ま エンドーのすることなんで、この程度のことということで。)

大きさは 洋型封筒サイズ。

 

はい では どぞ。


材料は 紙、和紙、千代紙、マーカーペン、シルバーカラーペン、のり・・

一応 メッセージを と思っていたのに、
面白がって 遊んでいたら 書くスペースがなくなってしまっていました・・。

赤い下地というのは 難しいですねー・・
色が なかなか うまく出てくれません。

うすい紙で 透けちゃわないかな と おもっていたのが
案外 ピンクっぽく出てくれて、ちょっと計算外に嬉しかったです。

百々は ともかく、猫さんが・・ 結構 大変で、 
ちっちゃいので、耳とか尻尾とか 千切れそうで ひやひやしました。

それでも なんとなく ソレっぽくなったので
お祝いの日から一週間という日にお届けできるよう 出しました。

 

100さいって 

100ねん・・?

ひゃくねんって

どのくらい?

おっきいの?

いっぱいかなぁ・・?

 

100年を生きるって どんな風でしょう

100年の間に 何があったのでしょう

1年の間だって あれやらこれやら

てんこ盛りの日々が あるってのに・・

その百年、神様の目から見れば一瞬

長くても そうでなくても

良く生きたねって おっしゃってくださる。

 

 

結局 自分が楽しんで 作ってしまった・・、けれど

どうやら 笑ってお受けいただけたようで・・ やれやれ。

 

100年を生きるって 想像が出来ない

今の自分だって 若いころの自分には 想像がつかなかった

それなのに、今 の 自分がここにいる

そんな風に 日々は連なっているのだろうな・・と 漠然と思う。

 

それにしても やっぱり 凄いことには ちがいない。

100年 自分は生きるんだと おもったって そんなこと できやしないもの。

 

お慶び申します  おめでとうございます

 

 

 

3 焚き火・お芋・子供たち

 

 今年は 椿が遅いような気がします。 其方では いかがですか?
この建物の回りの椿たちは、この間 ほんのちょっと 暖かい日が続いたことがあったあたりから、今現在 先のほうに すこし花の色が見えてきたつぼみが、ようやく ちらほらしてきているところです。

 この時季、椿って ほんの数輪・・というところでしたっけ??
なんだか すごく 遅いような気がして仕方がないんですけど ね・・。  

 さっきまで 今日は 朝から穏やかないい日だな なんて 思っていたのに、お昼ご飯を終えたころから、なんだか いきなり 冷たい強い風が吹き始めています。

 こうなると つい お芋を焼きたくなりましてね。今 オーブンの中に サツマイモを放り込んだところです。 
  水で洗ったままのサツマイモを オーブンシートを敷いた天板の上に乗せて、150〜160度で 約1時間ほど 焼くのですが、初めの数分は 早く焼けないかな なんて思っているのに、何かしていると すぐ忘れてしまって、焼きあがるころの良いにおいで あ そうだった、お芋やいてるんだったっけ なんていうくらい、のんびりしたやり方ではあります。

 でも 本当は できたら 焚き火で焼きたいんですよね。

 芦名にある実家に、以前 北からの風をよけるように 小さな雑木林があったころは、秋から冬にかけての落ち葉が とにかくいっぱいで・・、近いところに他の家がなかったこともあって、よく 落ち葉を集めて 焚き火をしたことがありました。

 焚き火にも ちょっとしたコツがあって、表の水道の蛇口になるべく近いところで バケツに水を張っておくのですが、まず そのあたりの土をほって すこし くぼませます。
 その間、子供たちに 石を集めてもらい、それを うまい具合に くぼみに重ねて、石焼に出来るようにします。

 それから、それぞれが食べたいと思う 洗ったサツマイモやジャガイモ、たまに皮をむいたゆで卵やなぜかきっと残り物だったんだろうと思いますが、鮭の切り身・・なんてものをアルミフォイルに包んで石の上に並べ、もう少し乾いた落ち葉を乗せたら、まず 火をつけて燃やし始めます。

 ある程度 燃えてきたな と おもったら、また 子供たちをその辺にやって、さらに落ち葉をかき集めてさせ、どんどん 乗せて行きます。多少の湿り気でも 火に勢いがあれば、かえって いぶったような風になって 風味?が出てくることもあります。
 (まぁ・・人によっては 煙くさい とも いいますが。。)

 そこまでしたら、もう あとは 焼けるのを待つだけなので、その間、やっぱり みんな 焚き火をしている とか お芋を焼いているなんてことを 忘れてしまうくらい、勝手に遊びまわっていて、親は ひとりぽつんと火の番をする・・のでした。

 焚き火の良いところは、じっくり時間をかけて ゆっくり食べたいものを焼いていくので(だから お芋が とても甘くなるんです!)、芯まで良く火が通って、寒い中でほくほくの熱々を はふはふいいながら、みんなで食べるところにあるのですが、そこへいくまでには 結構 北風に吹かれて寒い思いをしたり、少し風があると 煙が自分のほうへきて 目にしみたり、落ち葉が不足してきたりして、焦って その辺のものを かき集めてきたり・・と ひとりで なんとなく忙しくするので、ちょっとしたシンデレラ気分・・なんかを 味わったりしていました。

 そして、ようやく お芋が焼けると、子供たちを呼びます。
この寒い中 なにをやってたんだね、君たちは!といいたくなるほど、顔を真っ赤にしながら、走り回ったりあちこちにもぐりこんだりしていた子供たちは、木の葉や木屑、草のとげとげなどを着ている物にやたらにくっつけたり、なぜか靴下と靴が同じ土色になったりして、ばらばらと集まってきます。

 大分 量の減った落ち葉を少しずつのけて、夫々がおいたおやつを探し当てます。さつまいもはそのままでも、ジャガイモには 台所からバターを持ってきてつけたり、卵に塩をかけたり、だれだったか みかんを焼いたりもして、皆、焚き火を囲んで 一生懸命、黙って食べました。

 昼食が終わってから始める焚き火ですが、そのころには 早い日暮れが近づいて、風も冷たさを増してくるので、焼いたものを持って 家の中で食べてるほうが良いと思うのですが、どうしてか もう 勢いも少なくなってきている焚き火のそばで、皆で 食べていました。

 みんなが満足して、おいしかったねー 言い合ったあとは、残り火に回りに散った落ち葉を集め入れて全部灰にしたあと、バケツの水を十分にかけて、すっかり火を消します。

 次の日、焚き火をした後に出来た灰をすくって集めたら、庭の一角に持って行ってまとめておきます。それは 土に帰ったり、風に飛ばされたり、雨で量が減ったりしますが、時に 花や野菜を植えるときの混ぜ物として、使ったりもしました。

 焚き火のあとの石ころとくぼみは、ちゃんと 元に戻すのです。
ただ 石は焼けて黒々としていたり、たまに変った模様になったりしたものもあったりして、そういうものは ちょっとした宝物として だれかさんのぽっけに入ったり、ちいさな小箱にしまわれたりしました。

 くぼみには 土を入れて 平らに均して、誰が通っても危なくないようにしますが、それも すぐに 木々の落ち葉が 覆ってしまいました。

 

 今は 安易に焚き火をすることが禁じられていますし、実家の よく焚き火をした北側の裏庭も 市に土地を買われてしまったために 木々がすっかり伐採され、しばらく前から 味気ない 薄ら緑のフェンスになってしまい・・ だから 落ち葉もなくなって 掃除には 手がかからなくはなったけれど、もう 全然 焚き火を思いつくこともないほど たしかに つまらない冬になってしまいました。

 それに 今は 煙を迷惑と感じる向きが多く、やはり 思いつきで焚き火をするというのも 難しくなっていますよね。 だからよけいに 時々、焚き火日和な日になると、あのころのことを思い出しては、今は たぶん そんなことしても 誰一人 寄って来もしないであろう 可愛かった子供たちの笑顔と お芋を包んでいた 丸々とした手たちを 懐かしく思うのです。

 

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