『幸せになる義務』 のページ

 

1 幸せになる義務

 

人には幸せになる義務があります

最終的には私たちは幸せを約束されているのですから、

それを信じて 生きてください。」

 

 

 当時13歳の長女を頭に、おしめをつけた末っ子までの5人の子供たちとの母子家庭生活が始まったころ。

 30半ばまで一度も働いた経験の無かった私に、伊藤師は仕事を探してくださり、たびたび様子を見にいらしては よく励ましてくださいました。

 その仕事が夏ごろ始まったと記憶しますが、何もかもが始めてのことばかりの自分を、伊藤師は 子供たちの様子を見に来たとか、近くに来たからとか、時間が出来たからなどとおっしゃっては ご多忙の中を たびたび たずねてきてくださいました。

 仕事はどう? 慣れた? 疲れない? 続けられそう? 給料はちゃんともらってる? などなど・・。そして 教会へは行けてるの? ちゃんと祈っている? という質問は たびたびでした。

 その年のクリスマスに、毎月お知らせのつもりで出していたお便りにクリスマスカードを添えたところ、上記のような文が 伊藤師のカードに書かれていたのです。

 日々、自分自身や生活は勿論、子供のことすらも 省みることができず、始終 周りからは アレやれコレやらと詮索され、実の親ですらなんだかんだと口出ししてきては、その時の自分をまるで人と女においての惨敗者のように言い続けられていたので すっかり心も固くなり、自分にまったく余裕など無くなっていたというときに戴いた そのカードでした。

 その言葉を読んだとたん、「そうか、そんなに気張ってすることもないんだ」と ほわりと 何かが抜け落ちていくような気がして、「ああ、そうなんだ。大丈夫なんだ。」と 妙に安心したことをはっきりと憶えています。

 そして 「義務なんだから、ちゃんと幸せにならなくては。」と とても単純に しかも かなり力を得て 思ったものです。

 (余談ですが、単純という資質は 私の唯一の美点だと思っています。)

 その時から、どんなことになったとしても、その状況を楽しむ とか 観察するというようなことをし始めたと思います。
  ものすごいことになったとしても、中に必ず必要なこととそのごたごたを越えたときに受ける良いもの というのがあるものなのだ というのも、そんなことから 知ったことではあります。

 幸せになる権利 とは よく聞きますが「幸せになる義務」という言葉は あまり使われないのではないかと思います。

 この言葉を 月のお便りの一部に掲載したところ、権利というとそう出来上がっているというイメージがあって それを取りに行くみたいな感じがするけれど、幸せって そういうもんじゃない。

  「幸せになる義務」といわれると そうか そうならなくちゃ、そうなろう という前向きな気持ちになれる。自分で 幸せになるんだって思える。などなど・・いくつか お読みくださった方たちからお言葉を戴きました。

 師のこの言葉は 私には魔法の言葉で・・、なにかが起こるたびに、これも義務遂行のため。だいじょうぶ、ちゃんと幸せになるんだから、きっとやれる。と思っては、人や物事に関わっています。  

 

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