あるところに 年取った子供のない夫婦がいました。
二人は いつもいつも 子供がいたら きっと毎日が楽しくあかるいことだったろう、きっと心強く思い、働きがいもあることだろう と話し合いながら、どうか 子供をひとり、お授けください・・と、何かにつけて 神様にお願いし続けていました。
そして、ある日、二人は話し合った末、今日一日で最初に掛かったものを自分たちの子供として育てようということになり、近くの川に仕掛けかごをかけました。
ふたりは、その仕掛けを見ながら、何が掛かるか、掛かったら どんな風にかわいがろうかなど、いろいろと話していましたが、その日は特に何が掛かるでもなく、夜になり、二人はその場で寝込んでしまいました。
ところが、その日の二人の様子を はじめからずっとみていたものがありました。
それは 空にかかる 明るいお月様でした。
次の朝、お日様の光で目を覚ました二人は、川に仕掛けたかごに小さなコガモが掛かっているのを見つけました。
「おお、かわいいこじゃないか、ねぇ、ばあさんや。」「そうですね、げんきでかわいい子ですねぇ。」
二人はニコニコしながら 大事にコガモをつれて、家の古いマスのなかに入れてやりました。
れから二人は、出かける支度をして、まるで本当の子供に言い聞かせるように言いました。
「これから、二人で森にきのこを取りに言ってくるから、留守番をしていておくれ。」
おじいさんとおばあさんが出かけてしまうと、コガモはマスの中で、つばさを三回広げて、ガア!ガア!ガア!ガア!と、四回鳴きました。
すると!コガモの体からは羽の着物がするりと脱げて、美しい娘になりました。
娘は おばあさんのエプロンをつけると、せっせと働き始めました。まず最初に、野菜を刻んでおいしいシチューを作りました。それから 家中をきれいに掃除して、台所もぴかぴかに磨き上げました。また、白い布地を見つけて、シャツを2枚作りました。
そろそろ おじいさんとおばあさんが戻ってくるというころになると、娘は手を3回たたいたかと思うと、さっとコガモの姿になって マスの中に戻っていました。
きのこを持って森から戻ってきたおじいさんとおばあさんは、家に入って びっくりしました。
いいにおいのおいしいシチューが、すぐ食べられるようにくつくつと煮えています。新しいシャツも二人のために出来上がっていました。
そして、家の中がすっかりきれいに掃除してあるのを見て、一体誰がこんなことをしてくれたのだろうか・・と話し合いましたが、おなかもすいていたので、あったかいシチューを「これはおいしい!」「疲れが取れますね!」といいながら、たっぷり食べました。
次の日も 二人はコガモに 留守番を頼むと、森にきのこを取りに出かけました。
二人が出かけてしばらくすると、コガモは またマスの中で、つばさを三回広げて、ガア!ガア!ガア!ガア!と、四回ほど鳴き、美しい娘の姿になりました。
娘は さっそくおばあさんのエプロンをつけると部屋の掃除をして、庭の花を摘んでテーブルに飾りました。今日の晩御飯は豆のスープ。二人が帰るころに焼きあがるようにパンも焼きました。
次の日には、娘は長いことそのままになっていた古いソファーの古いクッションを新しくし、それよりももっと古いベッドカバーにも 星の刺繍を施して きれいにしました。
おじいさんとおばあさんは その夜、眠る前に このところの不思議な出来事について話し合い、一体誰がやってきて こんなにありがたいことをしてくれるのか確かめてみたほうがいいだろう。そのためには、明日の朝、出かける振りをして屋根に上り、屋根の小窓から家の中の様子を見ていよう ということにしました。
そして、朝が来て、二人は いつものようにコガモに 行って来るよと声をかけ、森のほうに歩いていくふりをしました。それから、家の裏から屋根に上って 小窓から家の中をのぞいてみていました。
そんなこととは 知らないコガモは、その日もまた、羽を三回広げると、ガァ、ガァ、ガァ、ガァと4回鳴いて、するりと羽を脱ぐと 美しい娘になり、おばあさんのエプロンをつけて、いつものように料理と掃除、破けたものの繕い物などをして、せっせと働きました。
屋根の上の二人は その様子をみて 声も出ないほど 驚きました。
じっと娘の働く姿を見ていたおじいさんは、「そうか・・、そうだったのか。ああ、でも、あのこがずっとあのままでいたらいいのに・・!」と いいました。
すると おばあさんがおじいさんに言いました。
「ねぇ、おじいさん、あの子の脱いだカモの羽を焼いてしまったらどうでしょう。そうすれば、あのこはコガモになれませんから、ずっと あのままの姿でいることになるんじゃないかしら。」
「そうか!そうだな、よし、そうしよう!」
二人は 屋根から下りて、娘が庭に出たすきに、そっと家の中に入って、コガモの羽を暖炉に投げ入れて すっかり焼いてしまいました。
そこへ、娘が戻ってきて、二人を見て びっくりして立ちすくんでしまいました。
「驚くことはないよ、娘や。お前のコガモの羽は すっかり焼いてしまったから、お前はずっと そのままの姿でいていいんだよ。」
娘は それを聞いて悲しい叫び声を上げました。「どうして?! なんてことをしたんですか!」
そして 涙を流しながら ふたりにわけを話しました。
「おじいさん、おばあさん。私は 実は月なのですよ。あなた方が毎晩、子供を授かるようにと長いことお祈りしていたのを知っていましたから、私にできることをして 少しでも慰めて差し上げようと、昼間だけ、子供の役目をするために、コガモの姿になって天から降りてきたのです。
でも、私は月ですから、夜にはちゃんと空に戻っていなくてはなりません。
それなのに・・、
翼のない今は もう空に戻ることはできなりました。
」
おじいさんとおばあさんは それを聞いて 腰を抜かして驚き、自分たちがあまりに大変なことをしたと悔やみ、どうしたらよいものか おろおろするばかりでした。
ひとしきり泣いた後、娘は気を取り直して 二人に言いました。
「どうか 森へ行って 森じゅうの鳥の羽を一本ずつもらってください、そしてチレリの谷に行って、そこにいる魔法使いのおばあさんに羽を全部渡して、もう一回 コガモの羽の翼を作ってもらえるように頼んで下さい。私は それが出来上がるまで 洞穴の中に隠れていますから。」
おじいさんとおばあさんは、急いで森へ出かけ、出会った鳥たちに事情を話して、夫々の羽を一本ずつ 分けてもらいながら、チレリの谷を目指しました。
しかし・・、一羽だけ、おしゃれなセキレイは 羽を渡すのを嫌がりました。
それでも 一生懸命頼む二人に セキレイは 無理なことを言ったのです。
「私、真珠がほしいのです。私の羽根がほしいのなら、真珠の首飾りと交換しましょう。」
そんなもの・・、持っているはずもありません。おばあさんは、これまでのことで心を痛めていましたし、だいそう疲れてもいましたので、それを聞いて、思わずぽろぽろと涙をこぼしました。
すると どういうわけか、その涙は 草の上で二つの真珠になったのです!
おばあさんは 草を編み、真珠をつなげて首飾りを作りました。そうして、セキレイからきれいな羽を一本もらうことができました。
二人は、それからできるだけ急いで、魔法使いのおばあさんのところへ行き、ぜひ、もう一度コガモの羽を作ってくださいと 頼みました。
魔法使いのおばあさんは、二人の話を聴くと 恐ろしいくらいにひどく怒りました。
でも 二人が あきらめずになんどもなんども
たのむものですから、最後には「特別に、今度だけ。」ということで、コガモの羽を作ってくれました。
おじいさんとおばあさんは、その羽を大事に持って、娘のいる洞穴へ走って戻りました。
空に月はなく、あたりは 真っ暗闇です。二人は 何度も途中で転んだり、あっちこっちに体や頭をぶつけたりして くたくたになりながら、ようやく洞穴にたどり着きました。
「娘や、羽根を持ってきたよ。」
娘は 羽根を見ると にっこり笑って すぐに両手を3回振ると ガア!ガア!ガア!ガア!と、四回鳴いてつばさを受け取りました。
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