ひつじ小屋だより 81

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ひつじ小屋の風景71

二人のこうのさん

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『エレの引き出し』

おうちへ 2

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考えるひつじ 5

まわりをみれば・・

ちまたのはなし

メイクアップ

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愛すること 29

きれいをおいしく!

ひつじ小屋の日々

編集後記

発行日 2007/07/05   発行人 遠藤由美子

 

ひつじ小屋の風景 71  二人のこうのさん

 連れ合いの師事する 近頃様々な分野で活躍中の武術研究家 甲野善紀氏が先月20日、日々のつれづれを書き綴っておられるご自身のサイト"随感録"に、こんなことを書いておられました。『これまで9年ほど書いてきたが、今日ほどうまく筆が運ばないことは無かった。』 その理由は 『本当にもうその存在の仕方自体が信じられないほど不様で、しかも社会的に責任のある立場にいる人を目のあたりにするという悲惨な体験をしたからである。こうなると、もう生きていこうという意欲が根底から削がれる思いがする。』とし、そして、『壊れていく日本を直に感じるとさすがに暗澹とする。』と続けておられます。

 「さらば悲しみの性」の著者 河野美代子さんは、産婦人科医として35年間診察室を通じて社会の今を見続けてきたが、今、多くの若い人たちは、世間に洪水のように溢れる情報に接するものの、その実、驚くほど無知である、と言い、『私が今のクリニックを開業して10年間で、私のクリニックに来た患者さんの内、初診時年齢が10代だった人は、計4537人、内、10代の妊娠は1109人。うち、人工中絶が75%。20%弱が出産。(中略)でも、そういう出産をした最低年齢の子は11才、小学校5年生の妊娠である。私は、小学生の出産2人に接しているが、二人とも犯罪の被害者だ。ということは、小学生の女の子を妊娠させた男性がいるということでもある。』とそのブログに書いておられます。 甲野先生でなくても、脱力の極みを味わってしまいます・・・。
 
 河野美代子さんは、言います。「私は、若者達に生きる力をつけるための命の教育を行いたい。」 歴史教科書を変えろと言っている"少数ではあってもお金があって声の大きい団体"の人たちが政府や文部科学省、教育委員会に首を突っ込んで 教育の現場での『命の教育』(いわゆる性教育)ができなくなった結果、河野さんのクリニックでは、今、中学生の妊娠が相次いでいると 医療の現場から声を上げておられます。

 考えてみたら、自分の子供立ちに向かって、まともに性について話したことがあるか と聞かれたら、即座に「無い」と答えてしまう自分(生については、何度もあるのですが・・。)なので、きっちりそういう話ができる人に感嘆すると同時に、自分もちゃんと聞き、話せるようになりたいと思っています。

 私は日本の四季が、本当にとても好きです。その山や海、風土、風景も気に入っています。たまに会うことのできる、自分と感性の近い、自分とはまったく違う人たちに出会うことも面白くて好きです。
  だけど、この国の民を引っ張って行く立場人たちの多くに、もう大分前から何の期待もしないでいます。

 
 私は よく「人のやることだから」という言い方をしますが、それにはいつも「元より当てにならないもののすることなんだから」という意味が含まれます。 人と関わる何かがうまくいかなくても、そんなこと当たり前くらいにしか思わないようにしているのですね。
  しかし、中には思いもかけない喜ばしい出来事や人との感謝に耐えない出会いなどの幸いも戴きます。 人に期待しないというのは、一種の自己防衛で、願った結果にならないことに、当てにしていた人を責める傾向のある自分にとっては、ある意味”怒らない工夫”なのです。

 『それにしても世間の人の多くは、結局仕事の取り引きなどが上手くいくかどうか、という目の前の切実な問題に気持ちが奪われ、人の心も環境も壊れていく日本に暗然としている暇もないのだろうか?』という甲野先生の言葉には、「目覚めよ、日本人」という思いも感じるのですが、たとえその状況に不安や歯軋りを覚えていても、自分ではどうしようもないし直接の関わりもないという意識で生きているだけの"不様な"人たちには、私は何の期待しない代わりに、自分のものでもないものにまで 手を出すな!と 言いたい。 

 寂しい日本人、哀れな大人になりたくない と 心底思う この頃です。

 




『エレの引き出し』

 おうちへ 2 

 はとは どんどん たかくのぼっているようでしたが、とつぜん きゅうこうかをはじめ、あたりは そのためになんでもかんでもがつながって  まるで とんねるのなかのように まっくらになってしまいました。

 きいろいひつじは 小さいエレをしっかりおさえ、えれもおにいちゃんも ただ ただ いっしょうけんめい はとにしがみついて、おっこちないように がんばっていました。

 ながいじかんだったのか ほんのちょっとのことなのか もう わかりませんでした。

 しばらくして、エレは 目をさましました。

 目をぱちぱちさせて あたりをみまわすと、きろいひつじが すごく小さくなって、こっちをみていました。そばには はとも います。

 エレは たちあがろうとしましたが、からだがおもうようにうごきません。

 そう、もとの あかちゃんのエレにもどってしまっていたのです。

 きいろいひつじは エレのようすをみて にっこりわらっていいました。

「エレ、たのしかったかい?ぼくは とても たのしかったよ。エレは やさしくていい子だね。」
「きみを むこうへつれていけたのは よかったよ。ぼくもたのしかった。これからも いい子でいるんだよ。ぼくは いつも きみをみているからね。」

 はとは そういって ばさばさとはねをうごかすと ふわっとまいあがって はしらのとけいに むかいました。

つづく・・

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S is for Sun Flower.

考えるひつじ 5
  まわりをみれば・・

 ミート・〇〇云々報道で、その従業員だった人が「自分がこの業界に関わっていたと思うと罪悪感を感じる。今後は食品業界とは関わりたくない。」とインタビューに答えたというのを読み、恥を知る人なんだなとは思うものの、同時に 少々甘いかな?とも。どの業界にだって、実は似たようなものだってことは、多分 かなりの人が知っていることだし、でもだからといって それで実害があったかといえば、恐らく他の業界より食品のほうが 少ないはずです。

 これには◇◇と▽▽が何パーセント入っています、この××がどこそこの何にまでとどいて効きます、といったって、それを実際に見て納得した人なんて、ごく限られた人たちでしかない。そういわれる物を手にした一般人は、「そうか」とそれを世に送り出した側を信用するしかないわけで、だから 生産した物を提供したりする人間たちの良心や正直さが切に願われるわけです。
  今回のことも、結局は 何に何が混じっているということにもだが、同時に 黒を白と言い通して、つまり人をだまして金銭を巻き上げようとする、その辺の腐った政治家と同じ頭の構造をしている連中に腹を立てなくてはならないのだ と思うのです。

 

ちまたのはなし


子鴨は 何羽いるでしょう???

・ 近くの川で、先月初め、夕暮れ時に鴨の赤ちゃんたちがまとまって休むころに出会いました。こげ茶色のほわほわの群をきりりとした眼差しの若い母鳥が守っていました。

・ その後、数回様子を見に行き、そのたびに少しずつ大きくなっていく子鴨たちは、徐々に活発さを増し、母鳥が苦労しているのではないかと、ついわが身の昔と重ねたり・・。

・ 昨日見に行ったところ、小鴨たちは大分大きくなっていて、夫々好き勝手に動き回っていたが、母鳥は やはり 警戒しつつもかなり慣れていきたような様子でした。

←鴨の親子。まだ生まれて間もないころ。ほんっとに かわいかったですよー v(^0^)v

  メイクアップ

 あちこちで「愛され〇〇」という単語が横行していますが、私は それが大嫌いです。実際に愛するということを'知らずやらず'の人間が、自分にしてもらうことばかりを狙った(たくらんだ)、語感とイメージでのみの使用による その軽薄さに あきれ返って言葉も出ません。

 (ものの言い方だから という向きもありますが、そういうことを許容=この場合は見てみるふり=するから、日本語はどんどん形骸化し、耳ざわりやイメージのよさを良しとするものばかり追いかけるのだと思います。) 

 ともかく、先日も『愛され眉』なんていう見出しの雑誌がありましたが、実にくだらない。
人の顔というのは、その人固有のものであって、その骨格やパーツの配置、人柄や雰囲気など その人の内面までをも全て含めて"その人の顔"となっているのに、他の誰かの何かを持ってきて それでよしとしようという、その貧しい発想が 情けなくも腹立たしいのです。 

 自分をちゃんと見てください。鏡を見て、自分の顔がどうなっているのか、きちんとご覧なさい。自分が思っている自分の顔をしてますか?そうでなかったら何がそうじゃないのか、見つけましょう。 それが メイクアップのファーストステップです。

  今ある自分を肯定し、望む自分にしていこうとする、自分を大事に思うが故の日々の小さな努力がきれいを実現すると 今日もわたしは言い続けます!

 

 

愛すること 29

 「生きていこうとする意欲が根底から削がれる思いがする」不様な人たちのしでかした数々。人を馬鹿にした年金問題。大変な時代を生き抜いて60数年という人の原爆は仕方なかった発言などなど・・。

 ”自分たち大人は若い人たちに、もっとこれまで自分がどう生きてきたかを話さなくてはならない。英雄や成功者の美談ではなく、自分たちの生きてきた軌跡をとつとつと語る誠実さをこの国の大人たちが失った事と、若い人の絶望は深く繋がっている。

 法改定・道徳教育の強化などの枠組みだけで子供に迫る「大人の言葉の空虚さこそが、大人になることへの希望や好奇心を踏みにじっているのでは?」”という作家あさのあつこさんは、「絶望が生み出すのは暴力と死はないか。」と結ぶ。

 愛する事は学ぶことができる。相手を思って誠実に語ることは、愛することを伝えていく。

きれいをおいしく!
トマト・スクランブル・エッグ

二人分の材料:卵 3個、トマト 中1個、プロセスチーズ 3切れ、塩 こしょう

作り方:
1 トマト
は洗って荒みじん切り、チーズも同じ大きさにカットしておく。

2 バター大匙2オリーブオイル大匙1をフライパンにいれ、温めながら溶かし、バターがすっかり溶けたら1のトマトを炒め火を通す。

 ボウルに割りいれてほぐしたにチーズを加えて軽く混ぜ に一気に流しいれる。ふちの部分が固まり始めたら、箸などで大きくかき混ぜ、塩コショウして火を止め、余熱でふわっと焼く。

 お皿に取り、粉パセリなどを振る。 

トマトの種は、嫌な人はよけてください。カリカリベーコンと1/4にかっとしたレタスガーリックトーストを添えて! 

  元気のための朝ごはんにどうぞ

ひつじ小屋の日々

◇ 雨後のたけのこ とはよく言ったもの。目の前の小山、ふと気付くと 緑豊かな木々の間に なにやらスーッ、スーッと 数えられるだけでも15本前後の背の高い棒のようなものが、日ごとに背丈を増して雨に濡れています。
  実はこれ、たけのこなんですねー。
というか もう立派に竹。数日の間でのすごい成長です。

◇ 話し変って、当方、先月末は次女に始まり、長男、連れ合い氏と続いた誕生日ラッシュ。これで、20代は末っ子だけに。こんな日が来るなど、おもいもしませんでした。それぞれ「おじさん」「おばさん」になったというのに、やっぱり誕生日は誕生日なんですねー。特に大騒ぎもしませんが、なんとなくそわそわしてしまいます。

◇タルトやケーキをプレゼントしました。とえらそうに書きますが、まぁ、それにかこつけて 自分が食べたかった、というわけで・・。^^;)


フルーツと
クリームのケーキ

編集後記

・ちょっと前までは梅雨らしくない天気に、このまま雨が降らなかったら あちこち困るだろうなぁ・・なんて ちょっとまともなことを思っていたのに、その後に雨含みの曇り日が4〜5日も続いたら もう飽きてしまって、やたら日差しが恋しい。

・洗濯物は日に当てて干すもの!とかたくなに通している身としては、それ以外の方法で濡れたものが乾いたふりをするのはどうにも気に入らない。

・めっぽう夏に弱いのだが、洗濯物に関してだけは真夏にはまるで趣味。
 日に三度くらい洗ってしまう。動物占いはたぬきだが、アライグマも入ってるとか・・?

Aurea Ovis

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