ひつじ小屋だより 88

ひつじ小屋の風景 78

世間的神話

ママ、ママはぁい・・

考えるひつじ

まわりをみれば・・
迷惑メール

ちまたの話し
でかけてしまおう!

メイクアップ
きれいと愛する

愛すること 37
笑いは平等

きれいをおいしく!
ほっとラムチョコレート

ひつじ小屋の日々
窓を拭け!

編集後記

発行日 2008/02/05  発行人 遠藤由美子

 

ひつじ小屋の風景 78  世間的神話

 先日、読売新聞の「人生案内」というコラムに、母性に欠けた母が憎くて・・という相談が載っていました。

 相談者は40代の主婦で、自分が母親になって子育てを経験して初めて、実は自分の母親はまったく母性が無かったのだ・・と気付いて憎くなった。経済的には恵まれていたけれど、あの時もこの時も本当ならするであろう母親らしいことをしてもらったことが無い。ずぼらで子育てに興味が無かったような母が、年を取った今自分を頼り始めたら昔のことが恨まれて、とても母親を心配する気にもなれなず、そんな自分がとても嫌だ、というもの。

 これに対し回答者は、相談者の中の理想の母親像と実際の母親とのギャップにおいて葛藤しているのかもしれない。母親というものは、いついかなるときも慈愛に満ちて完璧に子育てができるはずだ、という現在でも多くの人の中に潜在している女性に対する揺ぎ無い母性、神話的な母性観にとらわれているのでは、と問いかけています。

 『母親も一人の人間。長所も欠点もあり、子どもの愛し方も人それぞれ異なるのです。精いっぱい愛しているつもりでも、子どもを傷つけていることもあるでしょう。あなたの理想の母親像は横において、産み育ててくれた人のあるがままの姿を受け入れる努力をしてみませんか。』(原文のまま)

  
いる?
 そう、親だって最初から親じゃないし、子供を持ってはじめて親になる。それも一人目の子育てなどは、子供と同じだけの時間数でしか親ではないのですから、それを親なんだから親らしくといわれても、何をどうするのがソレに該当するのか、途方に暮れることは結構あると思います。(・・と自分への言い訳もかねてしまいました。)
 まぁ、多少の経験や知識が合わさって二人目、三人目になって その経験が生かされていれば、"神話的母性"(らしきもの)に近づく可能性もでてくるかなとは思います・・。

 もしも冒頭の相談に私が答えるなら「人なんてそんなものと思いましょうよ。」ですね。好きな人だから、好きでいたい人だから、あるいは特別な関わりの人だから、それはないでしょという面を見てしまうと不満(拒否反応)が出てくるのは当然でしょうが、しかしながら、どんな人も全て例外なく(コレは本当)全くの「個人」なので、誰一人こちらや誰かの都合の良いようになどなってくれるわけなど無い。

 その人にはその人のバックグラウンドというものがあり、それはたとえ親であってもその子供のバックグラウンドに100%関わっているわけではないし、割合は少なくても他からの影響のほうが強烈に作用しているってことだってあるかもしれないですよね。
 ここにいたって言わんとするのは、子供にまつわるあれこれの問題を親のせい(それも母親のせい)で済ませようというのは、そもそも間違っている、ということ。

 親だって人間。間違えることなんてしょっちゅうです。まずかったなとおもっても、相手が子供ならわかんないだろうと高をくくって済ませる事だって間々あります。
 だけど そのうちの全部がそうなのではなくて、親には不足の親であっても、その時考えられる一杯いっぱいのことをやってきたと言えることだってあったと思うのですね。
 人なんだから当たり前のことです。それを親なんだからというのは、ちょっと違うだろう・・と。「親の面もあるその人」なのですから。


2月のお話「鶴の恩返し」

 私は半世紀以上生きていますが、それでも何かにつけて いままで知らなかったことを知ります。物知らずということもありますが、世の中なんて知らないことのほうが知っていることよりもずーっと多い。

 人は生涯かけて「人」に仕上がっていくのですから、立場がそうだからという理由で、別のもう一つの面が出来上がっているなんてこと、あるわけ無いじゃないか、と思うのです。
  (勿論、きちんとできている人もどこかにおいででしょう。自分はまだあったことはありませんが・・。)

 毎年 季節が良くなって鳥たちの巣作りを目にするたびに思います。居場所を作って卵を産み、餌を与えて育て、生きるために必要なことを教えて分かれる。これが先のものと後のものとの関わりの基本ではないか、と。 
  人は鳥たちのようにさっさと一人前になどならないので、そこに手を掛けなくてはなりませんが、基本的なことを仕込んだあとは、自分でよいようにしなさいと手放すほうがよりよいのかもしれない。

  親だから、子供の幸せを願うからと自分の思うように子供を仕立てようとしたり、親なんだからと子供が親としては不足の部分に文句を言ったりするならば それはお互い余計なお世話といえるでしょう。

 自分を含めて、世間の「こうあるべき神話」はDNAレベルでの浸透度。たまらないですねぇ・・。


 

 考えるひつじ 
   まわりをみれば・・ 

 迷惑メールがはいっていた。が、弟の名前と同じで、近いうちに連絡してくるはずだったことを思い出したので、まったく疑いもせずに開けてしまった。案の定、チープでくだらない俗ものだった。通常 こうしたもので見るからにソレらしいものなどは、即撤去、却下、削除ではあるが、何かの拍子にこうして開けてしまうことがあり、そうなると開けた後の後悔が少しの間 まとわりつくようで不快だ。 

 しかし、いつも思うのだが、なんだってこんなメールを作って面白いのだろう?不特定多数のアドレスに無作為に送りつけ、似たような愚劣な連中が反応するのをわくわくして待っているなど、考えただけで気色悪い。そういうことで喜べてしまうというその人の中身がおぞましくも情けなく、哀れにして下劣だと思う。そんなことでしか楽しめない人生とか生活って何しろ恐ろしく哀しいと思ってしまうのだが、いかがなものか。 

 まぁ・・、いろんな人がいるからとは思うものの、自分ひとりでひそかに面白がっているならともかく、人を誘い込んで仲間を増やせば自分の居場所が確保できると思っているような節を見るにいたっては、一瞥くれるももったいない軽蔑と侮蔑の対象でしかない。こういう批判はけっして過激でも行き過ぎでもない。 

  "子供達"も不特定多数の内に入っているのだから、様子をうかがうような悠長さは全く不要だ!

ちまたの話し

庭の椿も水仙も 雪をかぶっていた

・ 節分の朝、前夜見たときには何の前触れも感じなかったので、雨戸を開けて飛び込んできた真っ白な世界に歓声を上げるほどびっくりした。

・ このあたりでは珍しいくらいの積もり具合だったけれど、一晩あければまぶしい光の上天気。あちこちの屋根からぽたぽたと解ける雪が落ち続け、洗濯物が干しにくいったら・・。

・ それでも、所々に残っている地面の雪に日の光が反射した空気のわくわくする明るさ。こうなると じっとしていられない。することはいっぱいあるのだけれど、まず、出かけてしまおう!!


   メイクアップ 

 先だって読んだブログの一説に、「誰かを愛しているときの人の免疫機能は高くなっている。」というものがあり、さらに「その状態の時のコレステロール値は低くなっている。」とも書かれていました。また、他からの研究結果を出して「相手を思いやることや人に親切にすることで よい気分になって幸福な思いになることもまた、人の免疫能力を高める。」とありました。

 ちょっと考えるとすぐに思い当たります。結婚式を控えた女性の輝くような美しさは、もう何もする必要がないほどで、お肌の具合は本当に最高。すごく色艶のよくて、幸せがそのまま顔に表れている、というのを何度も目にしています。(このままだといいのになぁ・・といつも思うのですが・・。) それから、赤ちゃんを育てているときのお母さん。一人目の赤ちゃんを抱いている時のお顔など本当にきれいです。結婚したときよりもさらに美しく、慈愛に満ちて快活。健康で明るい印象を見ることのできる方が多いものです。

 人を愛するってすごいパワー。自分の学校時代にも、ご自分の信仰と職務に愛を持っ尽くしておられたシスターの、まったくの素顔のしみ一つ無い美しい肌を見て、まさか60を越しておいでとは思いもせず、お年を知ってびっくりしたことがありました。

 実に、きれいになりたかったら徹底的に『愛する』こと。それに尽きるでしょう。


〜♪

((

 

 ハッピー ハッピー バレンタイン♪

 

愛すること 37 

♪ 『バス停で自分を含めて数人がバスを待っているとき。私物一切を身につけていたおじさんがゴミ箱を覗いていたが誰も気付かぬふり。みんな無言。

♪ その時、目の前の横断歩道を男の子が犬を連れて渡り始めたら、その犬さん、途中でいきなり男の子の脚にしがみつき腰を振り始めた。男の子は恥ずかしそうに犬をしかりながらわたり終えると、犬の尻をけって大声で笑った。見ていた人全員が笑った。中でも後ろのおじさんが一番大きな声で笑っていた。

♪ 『皆が顔見知りかのように笑いあった。笑いは平等だ。富裕な人もそうでない人も、笑うことに格差はない。世界中の人々が笑い合って暮らせる毎日が、きっと平和だということなんだろう。』(毎日新聞投稿文より)

♪ 皆が顔見知りかのように笑い、そして、笑いあって顔見知りになって、別の日に同じ人と目が会ったらふふっと笑い・・、そんな風に小さな平和がつぎつぎにつながって広がるといいですね。

きれいをおいしく!
ほっとラムチョコレート

材料:ココア 大匙4杯、砂糖 大匙3杯、板チョコ 適宜、牛乳 カップ3杯、ダークラムホイップドクリーム 各適宜

作り方:1 ボウルにココア砂糖を入れ良く混ぜる。
 刻んだ板チョコ牛乳をひたひたに注ぎ、弱火にかけて溶かす。
3 2に残りの牛乳をいれ、沸騰しないように温める。
4 1のボウルにのミルクを注ぎ良くかき混ぜたら、先のなべに移して温める。
5 ダークラムを加え、カップに注いでホイップドクリームを乗せる。

 身体がぽかぽかしてきます。ちょっと面倒くさいかもしれないけれど 寒い日にはとてもおいしい! 表から帰ってきた人に「はい、どうぞ♪」と出してみたら、きっとすごく喜んでくれると思いますよ。 

 ダークラムに加えてオレンジの絞り汁も少々入れると もっと大人のチョコレートに。
  こんなバレンタインも いいでしょ?

ひつじ小屋の日々

◇ 節分を過ぎたとたん、なんだかとても窓の汚れが気になります。たぶん日の光の質が変わってきたんだろうと思います。冬のソレばかりではなく、どこかに明るい鮮やかさを含んでいるので、ちょっとした汚れもくっきりしてしまうのではないでしょうか。・・なんて、そんなこと言う前にさっさと拭けばいいのですよね、はい。今日は窓拭きしましょう。

◇ 先の"メイクアップ"で「誰かを愛している人の免疫力は高く、コレステロール値は低い」と書きましたが、特にだれも該当する相手のない人は、そういう状態を望めないのか、ですよね。それに常に誰かを愛し続けるというのは、結構しんどいこともある・・。だけど、ちょっとだけ、時々ってのもありましたっけ。

◇ 例えばバレンタインデー。目当ての人に何を贈ろう、今年は何にしようかと思うときなど、きっととてもよい顔をしているのでは?。・・しかし、そう、義理・とりあえずというのを選んでいるときは時はキレイじゃないかも知れません。やっぱりしんどいくらいの愛し方でないと、きれいになれないのかもしれないですねー ^^; やれやれ、きれいになるのも大変だ・・。

編集後記

・ 「鬼平犯科帳」を読む。いまさらですが面白いです。テレビの方を先に見ましたが、これはやっぱり読む必要がありますね。エンディングにジプシーキングスが起用された四季の場面を思い出し、なるほどと納得しています。

・ デビッド・スーシェのポアロ、ジェレミー・ブレッドのシャーロックホームズなども好きなのですが、内容もさることながら夫々その美術や効果が実に素晴らしい。こんなこともできてしまう人間って面白いなぁと感嘆しきりです。

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