Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

5月

 

1 五月の雑感

2 老いることを思う

3 ある夜の出来事

 

1 五月の雑感

  ジョウビタキだろうか、ツピー ツピーと 忙しそうに 囀っている。

 いつだったか、ふと 目の前に 何かが動いたような気がして、庭の向こうの、人様の畑を見やると、支柱にした竹棒の上に、小さな まるっこい鳥が 尻尾をぴょこん ぴょこんさせて、きょときょとと 周りを見回しながら たまに 先のような 鳴き方をしているのが見えたので、あれはなにか と その場で撮った写真とともに 次女にたずねたところ、ああ これはね、と 教えてくれた名が ジョウビタキ だった。

 そのときのものは、雄だとのことで、胸から腹にかけてがオレンジに傾いた茶系の色で、頭や背は黒、背に見えたのは、たたんだ翼の上に、白い三角様の紋だった。

 たった一羽、誰もいない 畑の、細い竹棒の先にとまって、辺りを見回しながら、尾を上下させているのは、なんとなく 不安げな、すこし 心細げな感じがしたのは、おそらく 自分のほうで・・ 彼の小鳥にしてみれば、ナニを勝手な、と 言うところかもしれない。

 娘に聞けば、お相手を探している とのこと、ならば、誰にも相手にされず、途方にくれてのたたずみだったか、などと これまた 自分勝手に 思い描いたのが癇に障ったか、風のひとつも立たないというのに 突然、飛び立ってしまった。

 葉山は、じつに よいところだと思う。
 町の財政は危機に瀕し続けているにもかかわらず、一体全体 なにをどうすれば よくなっていくのかなど、本気で 誰か考えているんだろうか と おもうくらい、政と民草との間を 久しく分け隔て続けていたとしても、さして 日常に さほどの差しさわりを感じないこの国の縮図のような日々を、のんびり まったり とろとろと暮らせてしまえるところではある。

 (いやいや、それは ただ 自分が、というだけで、一生懸命 日夜身を粉にして 町民の皆様のために ご苦労な去っておいでの方々は、日常 お会いすることもないけれど、きっと たくさん おいでのことだろうとは・・ ときどき 想像している。)

 

 以前 住んでいた 逗子の久木ほどの多様な散歩道は、葉山では 特に、これといって 見出せていないけれど、ここは ここで、海が近いということで 何かの折には 海に向かうことができている。

 先の 大地震のあと、ローカルなニュースでも取り上げていたように、現在 葉山の道をあるけば、あちこちの電柱などに ここは海抜○○メートル という表示がされるようになった。

 それを見ている、なんだか 今 ここで 大きな地震があって、大きな津波があったら と やっぱり 考えてしまうのが、なんとも 気煩いにおもえてしまう。

 あの地震と津波以来、海岸にちかいところに 空き家が目立ってきたとおもったが、それも 一年を経るころには、のどもと過ぎればなのだろう、新しい今風の家が立ち並び、改築や増築、修繕を行うところが増えてきていて、それを見ると、過去に執着しない というか、めげないというか、自分だけは大丈夫というか、お気楽というか、大変な日本人的発想であるところの まぁまぁ。。 みたいな、なんだか そんな風に 思えてしまう自分が、妙に ひとり、いつまでも あのときにこだわり続けているような、そんな気分になってしまう。

 バスの中で、後ろのおじさんたちが、談笑しつつ、そのときになったら それは それだな、もう どうしようもないしさ、だから もう 今は たのしいことは なるたけ し残さないようにしようとおもってさ、わはは・・、そうそう、あれだよ、いろいろ 用意したりなんかしたってさ、そのときになったら そんなものもって出るなんて できないよー、そうなったら もう どうしようもないよなー と やっているのを聞けば、たかだか 一年ちょっと前の出来事なんぞに いつまでも、気をもんでてもしょうがないじゃないか風に 思えるのは、たぶん 自分だけじゃないだろうな などと おもってしったり・・

 それにしても彼らにとっては もう、ずーっと はるか昔の出来事になっているであろう、彼の大災害のようだ。

 でも、笑えないし、情けなく思いながらも 腹立たない自分がいる。

 どこかで 自分にも そういうところがあるな・・、と 自覚している。
何かにつけて、思いだし、何かにつけて かの地にいまだ さまざまに苦悩しながら、辛い日々に身をおかざるを得ずにいる人たちを思うことも、一日のうち、あるいは 数日に何回かは あったとしても、どこかで やっぱり 卑近な出来事、、から 手が離れつつあるのを 感じる。

 自分は 冷たいやつだな、と そんなとき 思う。

 ジョウビタキの声から ウグイスに変わった。
ちいさな 丘のような 目の前の小山でも、この 静かな真昼、ウグイスのさえずりは かすかに木霊しつつ、明るい日差しの中に溶け、風になって散って行く・・

 この どうしようもなく、のどかで 穏やかな、さわやかな風の五月の一日を、ただ ありがたく 過ごさせてもらおうと 思う。

 今、自分にできるのは、そんなことくらいだ・・ と 思いつつ。

 

2 老いることを思う

 平岩弓枝さんの『老いること暮らすこと』の中の一文に、本当に辛いことは 自分には 書けないようだ、というのがあったが、それについては まったく 自分もそう思う。

  平岩さんは、そのエッセイの中で、当時88歳だった母上の大たい骨を骨折なさってから始まった介護生活の一面を、ご自身の日常感じられる小さな老いとともに 記しておられるが、しかしながら、そこにはあまり暗さは見られず、鋭い観察や洞察によるものでありながら、どこか ふっと とぼけたような妙味を 自分は感じた。

 日常を変えての介護が これほどきついとは思わなかった、ようなところを読むと、そうだろうな、今 自分は、おなじ88の母を見ながら、まだ 彼女より数年若くはあるけれど、それにしても、と そのご苦労が思われてならない。

 読んでいれば、その大変さは うなずけることが多く、そうまで書いたとしても、まだ 「本当に辛いこと」を 書いてはいない ということで、それぞれの話の向こうに、人には知らせることのできない、辛さを伴う出来事のあることを 察することができる。

 人って この世で得たものは ちゃんと この世においていくんだねー

 ・・と 感嘆の口ぶりで言ったのは、実家に 半分引きこもっている次女だが、自分はそれをきいたとき、ああ なるほど、と 思った。

 知り合いのお母様は、大変に才能のある方だったにもかかわらず、老いてしばらくの今は、その大層な才能を有していたことさえ、忘れてしまっている、という。

 当方の母も、記憶は 壊滅一歩手前のようになってきて、こうだったね といっても、そうだったかしら、忘れちゃったわ、が 最近の口癖で、人が うらやむほどのことができていた という、自分のかつてには これっぽっちの執着もないようなそぶりをする。

 それでも 自尊心だけは いまだ衰えずなので、だれかの一言が気に障れば、われわれの見知った母とは違う形相で、立腹はなはだしく、不快をあらわにする。

 ケアマネージャーさんに言わせると、それだけ まだ 自分があるのだ、というけれど、なんとなく そういうことではないような気が、黙ってはいるが 自分には ある。

 母の これまでもっていたもののうち、今残っているのは、信仰心でもなければ、財産でもなく、絵を描くことでもなければ、本を読むことでもない。

 もともと 人と交わることを 極端に嫌う人だったこともあってか、人に対して 辛らつな言葉を浴びせることは 若いころはとくにあって、自分は そんなものを日常耳にして育ったものだから、子供のころは 親の受け売りをする、かなり生意気で、いやな子供だったと 自覚しているのだが、あれこれの月日をすごしてからは、母も そんなことを口にすることもなくなり、ずいぶんと丸くなったなぁ・・と おもっていたのが、ここへきて、また かつての母になっている。

 それも 老いのひとつということで、まぁ そうなんだろうと、まだ その年齢を経験しない者は、思うばかりではあるが、ほかの似たような日々を過ごしておられる方たちがいわれるような、情けない とか 哀しいとかという気持ちには、どうも 自分はならないのだ。

 それをあれこれ 詮索する気など とくに持ち合わせない自分は、なんとなく 先のような 親の老いを嘆く言葉を 素直に聞けず・・、すこし 悲しい(冷たい)のかな・・ などと 思いつつ、でも まぁ、そういう間柄だったし・・ と あるところで 分けてしまっている。

 いつか 自分も ああなるんだろうな と 思うことがある。

 さきのことは 何もわからないけれど、たぶん 自分も 自分でありながら 自分を一つ一つ 置いていくんだろうな、持っていたことさえ忘れて、できていたこともできなくなって、自分が自分であることも わからなくなるんだろうな・・ と、思うときがある。

 それを やだな・・、みんなに悪いな・・ と おもいつつも、そうなったら もう あとは 還るだけだから、という、どこか 人任せな、小ずるい思いを、実は 持っている。

 自分でできていた、してきた あれこれを すべて、この世において、あとは この土の躯を 最期において、還るべきところへ ただ まっすぐに戻ればいい・・

 だから それまでの間の今は、いつものように、これまでと同じ自分のまま、普通に過ごせばいい と このごろ ふわふわと思ったりしている。

 何もかもを置いて、忘れて、何も持たなかった、始めのように・・

 それは、おそらく 永遠と 人が いうところのものなのだろう、と 確たるものもないまま、ただ なんとなく・・ そう 感じている。

 

 

3 ある夜の出来事

  クリアでまぶしい日を受けて、今日もまた、いつものように 気持ちよく、さわやかに目覚めた・・・

 と おもったのだが、なんだろう? この 家中に みっちり 漂いまくっている あまったるい香りは・・???

 ・・ そうだった・・ 思い出した

 昨晩、そろそろ 11時になるな と 思ったころ、突然 かるく プチっという 音がした? と同時に、家中の明かりが消えた。

 まー 停電? などと のんきに言うまもなく、タコ氏、ちょっと ピリッとして、懐中電灯を手に、表に飛び出す。

 あわただしく戻ってきて、このあたりが全部 消えてるね、と なんとなく うれしげに報告する。

 あら そう?停電だね、なんて わかりきった返事をしているうちに、なぜだか こちらの電話を手に取ると(なんで 自分の電話じゃないんだよ?!)、かんとーでんきほあんきょうかい なるところへ 電話している。

 落ち着かずに 体を揺らしながら、現状を知らせると、ちょいと うきうきしたように、90分くらいで くるって、というので、あら 結構 のんきなんだわねー と 思ってしまったけれど、まぁ 夜中だし、突然のことだものね、いろいろ したくもあるでしょう・・なんて 別に 化粧するわけでもないだろうのに、つい どこかで 自分と同列に思っているらしき発想で 思ったりしてしまった。

 

 さて それでは、と もう一個の懐中電灯があったのを 思い出したのだが、そういえば それは 非常持ち出し袋とした リュックの中に 突っ込んでしまったことも 同時に思い出し、うーん・・ それじゃあ と やっぱり ここは オーソドックスに、ろうそくなるものに灯をともそう と思いつき、いつも 棚の隅に おきっぱなしの、すこし 使ったことのある、赤いろうそくに 火をつけるべく、懐中電灯を もって 二階へ。

 なぜ  二階にいったかというを、二階に、マッチと ほかのろうそくがあるからで、マッチは、こちらでお手入れをするときに、お香をたくために用意してあり、また 頂き物で ずいぶん長いこと そこに いれっぱなしのろうそくは、それこそ ただの飾りとしてにも 使わないまま、ラップされた状態で しまいこんであったからだ。

 3つのろうそくのそれぞれを あつめて、灯をともし、やっぱり こういう明かりは いいね、キャンドルナイトだね なんて いいあったりして、思いがけず ちょっと ピースな気分で おだやかな夜になる・・ かな・・  なんて おもったのは 私めの大勘違いで・・!

 その後のタコ氏、もう 遠足を前にした 小学生状態・・

 懐中電灯を手に、それなり 早めに到着した 修理の車や人が来るたび、そして、結構 長い時間の作業の間中も、なんども 玄関を 出たり入ったり、何も聞いてないのに、今 こんな風、これこれなんだって、と ちょいと 興奮気味に知らせに来る。

 こっちは どうも かなり 原始的なものを いまだ持ち合わせているようで、暗くなると ごく自然に 眠くなる・・ ので、それなら まず お風呂に入って、と 思い、タコ氏にいいつけるが、沸かしっぱなしで また 出かけるしー・・、

 もー しょうがない、ということで、ろうそくを一個もって 風呂場に置き、ゆらゆらほのめく 薄明かりの中で、とろとろと 湯船につかれば、ちょっと 露天風呂もどきの いい感じ。 あら 悪くないじゃない・・ こういうのも いいわねー なんて、のんびりするまもなく、また 表に出ていたタコ氏 もどってきて、だいじょーぶ?などと 気遣う風を装って 風呂場のドアを開ける。・・エー?なによー 別に、平気だよ ヽ(~〜~ )ノ

 その間も、表では 人声が響き渡り、数人の人たちの足音がしたり、車のエンジン音が続いていて、夜中にしては にぎやかだった。

 風呂から出て、歯磨きをしたり、寝支度しているときも、タコ氏のでーたり はいったり、の繰り返しのたびに、気をつけているのだろうことは わかるけれど、いちいち ドアの軋みが聞こえる。 

 隣近所の皆様 すみません・・ と 思いつつ、こっちは もう 眠くてしょうがないので、とにかく 布団に入る。

 ・・と タコ氏、上がってきて 寝ちゃった?だいじょーぶ?

 ・・って なにがっ!!ヽ(#`Д´)ノ  である。

 

 たぶん  その後も なんども 出入りしたのだろうけれど、もう 知らんわ、だったのだろう、(と自分を推測したりして・・ 寝ちまったので記憶なし) 気がついたら、隣で タコ氏が ぐー すー と 寝息を立てて寝ている・・ すでに 朝になっていた・・・

 なんだか よくわかんなーい、昨晩だったのだけれど、そんな ばたばたさえ、家中に満ち溢れている あまったるーい香りに気づくまで、思い出しもしなかった自分というのも・・ ┐(~ー~;)┌  ではある。

 あまったる〜い香り・・ ピーチとラベンダーとライムの香り。
そう ここには アロマキャンドルしか無い のである・・

 灯をともせば、どうしたってあれこれの香りが漂う仕組み!になっているのだ。。

 でもっ、でも、 こーんなに 家中が あまくなるなんて・・・! 

 いやいや 嫌いじゃないけれど、それにしても なんか 体中 というか、自分が あまったるくなりそうで、・・ いやいや ちがふ!

 タコ氏が 甘くなりそうで・・! それで いやなんだ、ぢぶん・・

 だって ぜーんぜん 似合わないし、ぜーんぜん 変だし! なんか・・ やだ。     まぁ そのうち 鼻も慣れるだろう・・ とは 思うけれど。

 電気が、いつ 復旧したのか まったく 知らないのだけれど、とにかく 夜中 駆けつけてくれて、長い時間、夕べはまた 逆戻りの季節になったような寒さの中で、作業し続けてくれた 関電の人たちのおかげで、今朝は 何一つ 不自由なく、ごく 当たり前に 洗濯もできたし、パソコンの立ち上げもでき、ありがたいことと 感謝している。

 

 ・・けれど、ね

 それにしても、なのが、
 @ なんで、夜中 いちいち 一台ずつ サイレンを鳴らしながらくるかなー??? しかも、最初の2台が 役に立たないとかで、新たに 別の車が来るときも、遠方から あとどのくらいすると つくのかなー と 思うくらい遠くから、けたたましく サイレンをならしながら やってきたのだった。
( 渋滞とか 対向車の妨害とか・・ないんじゃないか と思いますけどねー、こんな真夜中に・・)

 A なんで、夜中で 周りは 大変静かなのに、大声で 会話するかなー??
(このあたり、夜になると ただ 歩いているだけで ちょっと うるさく思っちゃうくらい、足音が響き渡るほどの 静かさなんですけど?)

 B なんで、あまりの わめくような やり取りに耐えかねた 近所の人が、うるさくて ねむれないよ! と いったとたんに、静かな作業になるのかなー??

 ・・・ と いくつかの個人的に疑問を 持つにいたったのは、別に 自分が 意地悪ばばあでもなんでもなくて、普通の感覚を持っているからだ と 思うのは、間違っていないと思うのだが・・ いかがなものだろう?

 それにしても、タコ氏、いつまで はしゃいでいたんだろう?
たぶん 自分が呼んじゃったからということで、最後までお付き合いを の つもりだったのだろうけれど、なんとなーく 最初っから そうなることを期待して、電話をかけたような・・ 気が しなくもない、というのは、長年 一緒に暮らしている者の当て推量とばかりは いえないんじゃないか・・ と。 

 これも いかがなものでしょうねぇ?

 〜〜 

 夜中だったこともあって、とくに 明かりがないことに困ることはなかった夕べだったが、香りは別として、あの ろうそくの灯は・・ いいものだな と 感じていた。

 穏やかで 静かさがあるけれど、どうじに やはり 火なのだ、たとえ ちいさな炎であっても、そこに「エネルギー」を見たのは、自分のどこかにある 原始を刺激されたからなのだろうか・・ なんて。

 ただ だまって 燃え続ける炎に 魅入られるような気分になってもいたのだが、そんなロマンも、酸欠になるといけないから、とか どこまで 作業が進行したか、などといって あっちもこっちも この夜中に あけまくって、冷たい小雨交じりの風が 吹き込むままにして、自分ひとり、出たり入ったりを繰り返す タコ氏のおかげで、云々・・

 

 それにしても、今朝は すっきり! 輝くような 良い天気だ。

 光満ち溢れる とは このこと、緑まばゆく とは このこと、風薫るとは 今日のそのこと、まったく 言葉通り そのままの 五月晴れではある。

 夜中、せわしく立ち働いて? まだ 寝息をたてて 前後不覚状態で眠っているたこ氏、さぞ くたびれたことでせう、 あたりまえだけどね、

 しかし、 ほんとに、遠足の前の晩、興奮しすぎて寝不足のままの小学生が、バスの中で ずーっと 寝こけてるみたいな・・ 

 三つ子の魂百までって ことかしらん・・? (*^0^*) ね!

 

 

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