Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

2010年 3月

 

1 スペシャルデー

2 誕生日 その後

3 空間を流れるもの

4 平和であること

 

 

1 スペシャルデー

 「誕生日」って スペシャルデー。

 自分がその日に生まれたっていう 記念日。

 子供の頃は 家族(といっても母と たまに弟)がお祝いしてくれたり、少し大きくなると 友達同士でお祝いしあって ちょっとした プレゼントなんか贈りあったり・・、仕事してても 誰かしらが覚えていて ちょこっと お祝いしてくれたり こっちも お祝いしたりして・・

 そういうことって 単調な毎日での エッセンスだしスパイス。

 我々の人生なんて 悲しかったり辛かったり苦しかったりすることのほうが多いんだから
たまにある 楽しさや嬉しさは 目一杯味わうようにすることって凄く大事だと思うし、それがあることで また 頑張れたり 笑顔になったりできるってこと、いくらも だれにでも あると思う。

 3億円が当たったり、とんでもない幸運に恵まれたり、遺産が転がり込んだり、思いがけないめぐり合わせがあったり・・なんて 映画みたいなことは 実際 普通に生きてたら ほっとんど無いに等しい 一般ピープルの日常には、だから 自発的に、意識的に 楽しい事や嬉しいことを 作り出して、まわりも いっしょに 楽しく幸せにする瞬間があるってのは 意義深いことだと思っている。

 それが 毎日顔をあわせている職場の人ってのは うれしいし、長い間の友達だったら なおうれしい。 それに、お世話になっている方たちや 気にかけてくれる人からなら さらに嬉しい。

 でも 誰が一番っていったら その時 一番 身近にいる人が祝ってくれたら、それは もう 満面の笑みで 生きてて良かったって思うほどの 幸いだと思ってしまうのだ。

 スペシャルなんだから 思いっきり 凄いことがあってもいいと思う・・けど

 しばらく前から 何を上げようかとか なにしようかとか 考えることも、その人のことを 考えるっていう そういう行為になってるんだから。
 コレは一体?とか はずれ・・のものがプレゼントされても、とにかく それを思いつくまで考えていた時間だって プレゼントになるんだから。 

 さて、ここからは 誕生日なんて それほど大騒ぎすることじゃないんじゃないの? とか
なにも その日に限って いきなりスペシャルしなくても 都合のいい日でいいと思うけど?なんていうことを 平気で言っちゃえる御仁(どっちかというと 男性に多いようですが・・)にもうしあげましょうぞ。

 女にとっては これは・・、間違いなく イベントは すんげー 大事です。
男にとっては どーでもいいことだとしても!

 これは ごく 一般的にも 通じることですから よく 覚えておくように。

 ひょっとして 今 あなたに 取り入るべき女性がいたら 年齢に関わりなく、その方の誕生日に なにか ちょこっと 気持ちを送るってのは もんのすごーく 心証がよくなります。

 たった一枚のおめでとう葉書やセンスの良いカードが あまり 普段行かないような、ずっとまえに 名前を書いたような店から 舞い込むことだけだって ちょっと気分良くなったりするんだから。

 奇しくも あのマザー・テレサはおっしゃった。 
「愛することの反対は 憎むことではなく 忘れることです。」 と。

 それは つまり、その存在に関心を持っている ということになるんだよね。

 だから 貴女のこと〈誕生日〉をおぼえているよ というのは、すごく 祝われるほうにしてみれば うれしい 幸せなことです。(これ、自分的にいえば いくつになっても!です。)

 これは 誰だって そうなんだよ。

 特に 小さい子ほど ちゃんと 誕生日を祝ってやらないといけない。

 生まれてきてくれて このうちにきてくれて ありがとうね、嬉しいよ、って ちゃんと 
言葉と行いで伝えることは すごく 強い自分の存在への自信になるし、それは 先になってからも自分をおとしめたりすることなく、何があっても 揺らがないでいられる基となりましょう。

 これを 愛された記憶 といったりもしますね。

 そうなんです・・ 先日は我が誕生日でして・・、で 毎度のごとく 聞けば 思い出したように そうは答えるものの、当日は おかしな事件が勃発したこともあって、結果を言えば つまり 誕生日どころではなくなった ということがありました。

 先に書いたほどに 誕生日を ぎゅうぎゅう抱きしめるほど好きな自分としましては、それは とーっても どうにも不可解なことだったのです・・

 が、それすら タコ氏には 通じなくて・・、挙句 逆切れされたりして、 ま それは こっちの思ってるようには どうしても 彼には 同じように思えない という そういうことがあったり、すぎちまったことを なにをいつまでも ということもあったり、もう いい加減、やめよーぜ的な気分だったり ・・ってのも あったと思います。
 (なんて 理解があるんだろう・・!私ってば。。??)

 話したところで どうにも平行線は 先々まで続きそうなので、一夜明けて タコ氏を仕事に送り出した後、ポン吉は 思ったのでした。

 もう 期待するのは やめよう。誕生日は 子供達が祝ってくれるんでいい、いつもの日常のほんの一日なだけだし と。

 だから タコ氏には こういおうと思う。 
「友達に声かけて 一緒に食事したほうが たのしいだろうなっておもったんでね、来年からは そうするから もう 考えなくていいよ。」って。

 

 そう思うにいたるまでには かなりの紆余曲折があったんだけど、(あまりの紆余曲折振りに もう 何をどう考え思ったのかも 全く思い出せないほどなので、中略 ということにして)結論として そういう考えに至ったのではあります。

 ま・・ね、この年で なんで そんなに 必至に誕生日を叫ぶの?と 言われれば、そうだけど・・もごもご と ならざるを得ないんだけど、だけど 誕生日が 好きなんだもん。しょうがないじゃん! なのであります。

 結構 若いころから なぜか 誕生日は好きで、自分ひとりで サッサと盛り上がってしまって、その盛り上がりについてこれない ケーキとか料理とかプレゼントとかで、すんごく 機嫌悪くなったりしたこともあったけれど、大病の後、自分の誕生日を迎えるごとに、ああ また 一年生きたな という そんな感慨も しばらくの間 あったこともあって・・、

 それと 子供たちのそれぞれの誕生日に あれこれ 嬉しく悩みながら プレゼントやケーキや料理を考えて作るのは、なにしろ 楽しくて、幸せなことで・・、

 だから たいていの人は 誕生日って すごく 嬉しいイベントなんだろうって 当然のように思っていた。

 でも、タコ氏と暮らし始めてから すっごく 不思議なくらい、そういうことにあまりも関心が薄くって、それが分ってからの数年間は 毎年 不愉快な思いをし続けていたんだけど、先日の 我がバースデーにいたって ようやく、そうだな、もう この人に期待するのは やめよう という結論にたどりつきました。

 そう思わない人に そう思え というのは、そりゃあ きついことでしょう。自分に置き換えたって そうですもん。

 そんなもん ちーっとも ありがたくもなんともないものを、ありがたく思え といわれたって、だれが そんなこと普通に出来るでしょう? それとおんなじなんですよねー。

 。。ということで、マイバースデーは ちょっと うまく出来た カレーうどんと赤ワインで ちゃんちゃん ということになりました。

 まぁ 子供たちは それなり 祝意を表してくれましたし・・。

 今現在 半引きこもりの娘は ふわふわのバナナホットケーキを焼いてくれましたし、長男は いかれないから ということで バースデーメッセージとお祝いの意味を込めての 見せたいyoutubeのアドレスを報せてきましたし、次男も これおいしいよね といったパンを覚えていてくれて それを 沢山くれました。

 半分 夢と現を行き来している母も、かつての母からは 考えられないような 誤字のある稚拙な文で 祝ってくれましたし・・、子供の頃から お世話になりっぱなしの先生からは、まだ 起きて間もない すっぴんの顔で受け取った 和のスウィーツセットを、バースデーカードつきで 送っていただきましたし・・、うん、その日は まず それだけでも(!なんという罰当たりな・・・ですな。) すっごく 嬉しかったです。

 ・・ そうなんですよ、嬉しかったんです。だから それ以上を 期待するのも、ずうずうしいんだな と 思います・・

 けれどね、やっぱ スペシャルデーは スペシャルな人から 祝ってもらって 何ぼのもの じゃありませんかしら?

 だけど、たまたま そのスペシャルは こっちの思いをどうにも理解できない御仁だった ってことで、それは もう こっちの 大見当違いにして 見る目がなかった・・、これは 自分の失態だったのだ と 諦めることにしましたのです。

 毎日が誕生日だったらな って 昔 思っていましたけれど、その後は 毎月 誕生日があるといいな・・になり、今は、まぁ 一年で一回でもいいか、になってきていて、だから 尚のこと スペシャルに こだわっちゃってるわけです。

 誕生日には 何をくれるかとか 何をするか とか(ばかり)じゃなくて、実は、その日を記憶していて どうすると相手が喜ぶかなと考えてっていう そのプロセスこそを 自分は 大事にしたいと 思うのです。

 ちょっと 一筆、ちょっと 可愛いカード、ちょっといいもの、間に合わないからメッセージ。
それを 用意している間は、その人を思ってるプレゼントタイムなんですから。

 そういうのが スペシャルって 思いませんか?

 

 (しかし・・ どうして そのくらいの手間隙も惜しむかなー っていうか、おもいつかんのかなー・・ タコ氏は。
 
「てめー、一体 何年一緒に暮らしてんだ!このバカヤロー」 と にっこり笑って 言ってやろうとおもいます。 ^^v)

 

 

2 誕生日 その後

 

 なんだか 落ち着かないばたばたした日が続いていましたが、それも ここで 一段落。
今日は 天気も良く、洗濯物も きれいさっぱり片付いて、夕べのこともあって まずまず 良い気分です。

 先日の「スペシャルデー」、アップ後に 読んで、少々 困り気味だったタコ氏でしたが・・、いやー、やっぱり 言うべきことは言っておくものです。

 日替わりランチではないけれど、誕生日その1 誕生日その2 なんていいながら、気を遣ってくれ始めています。

 その一つは ほんとに 思いがけなくも 

黄色い花のブーケ!

1

 これは 遠藤が「あの花屋さんは すごくセンスがいい、誰かにプレゼントするなら 絶対 あそこだね。」と 言っていたのを覚えていた(これって凄く珍しいことなんですよー!)タコ氏が、その店に行って! 黄色で という注文をつけて! 作ってもらったということでした。

 好きな色は?といわれれば 黄色 と 答える遠藤ですので、その注文は 当然ではありましょうけれど、それでも まぁ どうやっても 花とは縁のなさそうな、行けば いぶかしがられるような風体のひげ面、作務衣に雪駄履きのタコ氏に お店の人が ビビっちゃったんじゃないかな なんて 余計な心配してしまいましたよ。

 (お店では)どうだったの?と たずねると、うん、いいにおいだった という返事。
なにが? 花の匂い。  匂いというか 香りといってほしいけど、まぁ いいでしょう、お店の中 いっぱいのいい香りで 気分が良かったようです。

 大きな花束でしたが、例によって 自転車のかごに入れて 戻ってきました。

 ずーっと せめて 近所のスーパーで売っている ちょっと おしゃれっぽいブーケなんか、誕生日くらいは ほしいなーとは 思ってはいたけれど、たぶん 言ったところで スルーだなぁ・・と 思っていたので、 ええ、これは とっても 嬉しかったです。

 いやー ほんとに 書いてみるものです。

 ここには それを そのまま 活けられる花瓶などもないので、沢山 証拠写真を撮ったあと、三つに分けて 夫々の場所に飾りました。

 いいものですねー、花があるというのは。しかも 明るい黄色の花が群れているというのは・・! お日様のかけら・・! あっちにもこっちにも いっぱいです。

 バラとカーネーションの区別もつかない人なんですけどねー。良くやってくれました。

 まぁ、一つ欲を言えば、アシスタントさんじゃなくて、店長にお願いしてもらいたかったけど。

 あの花屋さん(フラワーエキスプレス 新逗子)の店長のセンスは確かなものです。
利用した人は 殆どの人が リピート確実ですから。

 とにかく ブーケを注文する理由―例えば、お礼とか お悔やみとか、お祝いとか を言って、差し上げる方の様子などを お話しすると、実に 手際よく、そして センスの良いのは勿論だけれど、なにしろ 思いがけない、すっごく「いいもの」に仕立ててくれるのです。

 タコ氏が持ってきてくれたのは アシスタントさんの作ったものとのことでしたが、(そう、そこの花屋さんにしては もう一つほしいな・・という感じで、自分の感じていた あの うっわぁ〜すっごいなー・・には ちょっと遠い感じで。。)

 しかし! 「タコ氏が、行って、買って、持ってきてくれた」 という時点で、スペシャルになっていますので、そのブーケは やっぱり とっても 素敵なブーケではあります。

2

 それから 誕生日その何番だかが 夕べ ありました。

 仕事を終えてから 片づけをすませ、ほっと一息したところで、じゃ そろそろ出かけようかと、歩いて5分の超ご近所イタリアンレストラン「FRUTTO」へ。

 お店から届いたバースデーカードを持っていくと デザートプレートがプチ豪華になるということなので、行きたい、行こうよーと 何度か せっついていたのが ようやく実現しました。

 注文したお料理は どれも 彩りと味のセンスが良く、取り立てて 珍しいものを使っているわけではなくても、”しっかり修行を積んできた人が、丁寧に作っているおいしさ”がありました。

 特に ゴルゴンゾーラのチーズソースでいただく生パスタ。これは 絶品だねー と 二人で。 

 パスタは 昨晩は その場でシェフが打ったそうで、そのもちもち感とチーズの絡みが 普段 辛口評価を 平気で言っちゃう我々が、すごくおいしかった と 言うほど。
 食べ終えても  ソースがもったいないので、パンをもらって綺麗にすっかり戴きましたよ。 

 そのほか 前菜もサラダも リゾットやお魚なども そのいちいちが おいしくて大満足。

 イタリア語で Buon Compleanno!Yumikoさん!と 大きなお皿の縁に書かれたデザートプレートは どっしりした たぶん8/1のチョコレートケーキ2切れと キャラメルと苺のジェラードがワンスクープずつ、それと いちごそのもの、全体に ラズベリーソースがかかっていて、ちょっと おしゃれでしたよ。(自分で作るのなら、やっぱりケーキはハーフサイズ、それに フルーツ山盛りになるな とおもいますが。)

 きれいなお皿で お店を出たかったのですが、チョコレートがもったいないから と せっせと 文字の部分まで すくったりして 散々汚してしまいましたが、でも おいしかったから しょうがない?ということで。

 ちょっとだけ飲みたかったので グラスワインの白を2杯、あとは ブラッドオレンジジュース。 それで 8000円でお釣りが来ました。  いいんだろうか・・ なんて。

 料理を作るのは シェフ一人なので、時間の掛かるときもありますが、待っているだけの価値は 十分にあります。奥様(とのことでした)が 上手に 間を持ってくださいますし、なにしろ つかず離れずの適度な距離感は、鄙にはまれな充実したサービスだと思いました。

 まだ 開店して 一年も経っていないのですが、葉山の人たちは 良いものには敏感で、また 葉山では珍しく遅くまでやっていることもあってか、「大人のレストラン」という雰囲気。
 落ち着いて ゆっくり 食事を楽しむ・・そんなレストランです。

 おいしいものを たっぷり食べて もう 大満足。 日にちは ずれまくりだけど、いいバースデーディナーでした。

 いやぁ・・ やっぱり 書いてみるものですねー。 ^^v

3

 おいしかったねー、行ってよかったねー と いいながら、もう これで 誕生日も終わりだろうな と 思っていたら、「まだ プレゼントがなかったね、なにがいい?」ですって!

 いやぁ・・ ほんと 書いてみるもんです。

 先に書いた「スペシャルデー」の中で 『誕生日を ぎゅうぎゅう抱きしめるほど好きな自分』というところに 反応したタコ氏曰く 「そんなに 好きだったのかぁ・・」 

 そうだよ ずーっと そういってるじゃないか! と思ったけど、黙っていました。

 タコ氏は タコ氏なりに ようやく 一般的女性心理に疎い状態から 一歩 ステップアップしつつあるようです・・(うーん。。問題は来年まで憶えているかどうかだ・・)

 誕生日、うちなんか 毎年 思い出しもしない、とか 毎回 すっぽかされてますよ なんて おっしゃる皆様、やっぱり うるさく 言うのも大事かもしれませんし、できることなら 一般公開してしまって しまった・・ と 思わせるのも よいかなぁ・・ なんて。 いかがでしょう?

4

 2月は 三女の誕生日が、4月は 長女と母の誕生日があり、6月には 次女、長男、そして タコ氏のバースデーがあります、その翌月 7月は 次男の誕生日。8月は父のがあります。

 以前は クリスマスの後、三女のバースデーから始まって 次男の誕生日が終わるまでは 毎月 ケーキを焼いていましたし、なにかしら こしらえて 自分で楽しんでいました。

 子供たちにとっては うまれてからずっとこんな調子でしたから、親の誕生日も 自分たちにできることで 祝ってくれていましたし、考えると やっぱり こういうのって 習慣なんでしょうね。

 そういうことが たまにはあったけど それをあたりまえとしてこなかったタコ氏に 同じことを 要求しても、そうですねー・・ やっぱり ちょっと ちがったんだろうな と今になって思ったりもしています。

 でも これで、初回 見事に クリアしたからね、さ、これからは 毎年 ちゃんとできるよね?! たこちゃん。 ^^v

5

 

 

 

  3 空間を流れるもの

 

 そこを飾るお花は、ほんの2〜3年前までは、自分が子供の頃から、そう親しくはないけれど、かといってそれほど知らぬ間でもない方が、定期的に 活けておられました。

 華やかな方で、そんなおとなしやかなことをなさる方のようには思っていなかったので、最初に その花を活けている人が その方だと知ったときは、思いがけない気持ちで つらつら眺めてしまったくらいでした。

 大きな花瓶に、数種類の花を 手際よくきれいに纏め上げていくときの、たのしく悩まれているご様子を拝見するのも意外な感じで、なんでも さっさと片付け 要領よくなさる方とも思っていましたから、ちょっと 不思議な感じさえしました。

 その方の生けられたお花は、やはり お人柄なのでしょうね、場所柄を考えて それなりに抑えてはいらしたようでしたが、なんでも 表現のものというのは、その人となりが見え隠れするもので・・、思い切った色使いの花を集めて 調和の良い花群れを作ったり、大胆な花使いにもかかわらず、品良く すっきりしていたり・・、そして その方のように やはり どこかに華やかさがあって・・と、すっかり その方のもの、それも その場に相応しく・・ という、そんなお花になっていたように思います。

 なかなか、時間が合わなくて、こちらがそこに出向いたときには、もう お花は活けおわってたり、今週は どんなお花かなと期待して出かけると、あちらが遅くいらっしゃる日のようで、前の週のままだったり なんてことが、何回か重なって、しばらく 直接お目にかかることもなくなってしまったことが続いたことがあったのですが・・

 ある日、その場所をみて「あれ・・?花が違う・・」と 思いました。

 いえ、お花はお花なのですが、そして それも きれいに活けられてはいたのですが、しかし、お花の雰囲気が、その前までと 全然 違うのです・・!

 いつも その場をきれいにしてくださってる方に、「ねぇ、なんだか お花がいつもと違うみたいなんだけど・・?」と 聞いたところ、「そうなのよ、あの方 引っ越されたの。」・・と。

 その方は、そのグループでも いろいろな役を積極的に引き受けたりして、回りの方たちとも にぎやかに行き来なさっていらしたのですが、その 引っ越されるということを知っていたのは、ごくわずかな人だけだったとか・・。

 「何で突然・・?」「お病気ですって。」 と 彼女は 神妙な顔つきで、胸の辺りをとんとんと軽くたたきながら言いました。

 それで、ああ 心の病気なんだな・・と 思ったので、それ以上は 何も聞かずにいましたが、・・でも まさか あのいつまでも娘のような華やかさで だれにでも 愛想よく声をかけていらしたあの方が、そんな風だったなんて、だれにとっても思いがけなくて、皆 一様に 言葉を呑んでしまったくらいでした。

 いつも 生けていた花の雰囲気が違う というだけで、その方が もういない ということの証明のようなのが、なんとも 切なくて、しばらく そこのお花を見るのが辛かったものです。

 それと似たような事が、以前にも ありました。

 それは 以前 毎月 お便りさせていただいたときにもご紹介したことのある、漆芸彫刻家 渡部誠一さんの銀座での展示会の時のことです。

 私は、渡部さんの作品は 個人的にも見せていただいたことが何度かあるのですが、いつか 展示会のときに、展示会の作品は いつも 渡部さんがご自身で お考えのとおりに ならべられるというのを 伺いました。

 それでは その日は 朝から たいへんですね、と 言えば、やってもらえば それは楽だけれど、でも、人の手で 意味なくならべられるのは お好きではない、というのと、自分の作ったものだから 自分で展示するのは 当たり前 というようなことを おっしゃったので、やはり 一つを通す方は すべてにわたって 通されるのだなぁ・・と 納得いたしました。

 それが、その 銀座での展示会は ちょっと 違ったのです。

 会場に入る前の ガラス戸越しの入り口付近から、こまかな作品のそれぞれが見えたり 判別できたりしたわけでもないのに、ちらっと 一瞥しただけで、「あ、雰囲気が変った。」と 声に出して 言ってしまったのですが、それほど、なにかが違って感じられたのです。

 一緒に行ったタコ氏には あまり そうは思えなかったようでしたが、私は 中に入って 一つずつ見ながらも、何が違うんだろう?なんで 違って感じたんだろう・・?と なんとも 落ち着かない気分で 一渡り拝見させていただきました。

 タコ氏が 渡部さんの作品のホームページを作らせて戴いているので、それぞれの写真を撮っている間、多少は手伝いましたが、朝からの遠出で 少々くたびれたため、近くのイスに座って、まだ 何が違うのかなー・・ なんで なんか違うって思ったんだろう・・と 悩ましく思っていました。

 そこへ、渡部さんと渡部さんの作品に深い関心をもたれ、その展示会も強力にサポートなさっていらした 身体教育研究所 野口裕之先生がいらして、(野口先生とは その日 初めてお会いしました。)「何か違いますか?」と おっしゃいましたので、少々 あわてて、しどろもどろになりながらも、自分が今まで見てきた渡部さんの展示会の雰囲気とは なんだか ずいぶん違う気がしている、それが なんだか分らないけれど、いつもの渡部さんの展示会だと もっと すっと切ったような鋭さがあるのだけれど、今回のこの展示会では それが感じられなくて、なんだか まろい感じがしている、ひょっとしたら、お年を召されて 丸くおなりになったのかな と おもったりもしている・・などと お応えしましたら、野口先生は、だまって 何度かうなずきながら 離れていかれました。

 自分の言ったことを 考えながら、それでよかったのかどうかと思いましたが、もう 言ってしまった事は仕方ありません。そうおもったのだから そうお応えしたわけですし・・。

 しかし・・、後から 実は その銀座の展示会では、作品をならべられたのは その野口先生だった というのを聞いたときは・・! できることなら、その時のことは すっかり 記憶から抹消したいくらいの気持ちになりました。

 そう、そのくらい、でも 本当に その空間を流れる空気が 違っていたのです。

 本当に 面白いものだと思います。
表現のもの というのは、本当に その人を きちんと表します。

 これは とても 面白い 興味深いことです。
その人の手は やはり その人を語るのですね。これが 個性 というものでもありましょう。

 さきのお花といい、渡部さんの展示会といい、本当に 面白いです。

 

 そして、、思ったのです。
 多分、自分で何かを作ったときも―料理にしろ、裁縫にしろ、ディスプレイや音楽にしても、そして メイクにしても、おそらく 自分ではわからない 自分が あらわれているのかもしれないな・・とも。

 そう思うと、表現する というのは、ちょっと 気恥ずかしくもあるし、うっかり出来ないな・・なんて 思ったりもするのですが、それは こうやって 一呼吸おいたときに思えばこそで、多分 その時になれば、いつものように、ひょこっと 素の自分をちらつかせながら、平気な顔して やっているんだろうな。。 と 思います。

 ふと、そうやって 生きるってこと、とても いいなぁ・・ と 思いました。

 

 二つの出来事から その空間の流れや匂いを感じ取れることは すごく嬉しいことだなと おもいましたが、また、自分のあらわすことにも そんなものがあるのかもしれないと 気付き感じられたのは、それも また とても 嬉しいこと・・と 今 思えています。

 

 

 

 

4 平和であること

 出先からの帰り道、あるバイオリンをおしえている家の前を通ったら、レッスン中の まだ 少々頼りなげな演奏が聞こえてきました。

 このあたりは、土日になると あちらこちらから 耳慣れた曲を練習するピアノの音が聞こえてくるのですが、そんなバイオリンやピアノの音を聞きながら、そうだった・・、こんな風に 自分も練習したり 習いに行っていたりしたんだったなぁ・・と 凄く昔を懐かしむ気分になります。

 その 懐かしい音達を聞きながら、ふと、そうなんだ、そんなことも 平和でなくては 出来ないことなんだろうな・・と 思ってしまいました。

 さらに 思ったのが、外食などのことで・・、今日は 作りたくないから と たまに 外食することがあるのですが、そういうことだって 平和でなくては 出来ないことなんだろうな・・、今の日本の食がすべて良いとは思わないけれど、でも 著しく様々に変化している食文化の発展だって 平和じゃなくちゃ ないことなのかもしれないな・・ と。


 

 ちゃんと覚えているわけではありませんが、以前、新聞小説(だったと思うのですが)で、アフリカのどこかの国に、その地域の母子衛生の普及をしつつ、宣教活動をする修道女たちの日々を描いた話を読んだことがあるのですが、その中に こういう話があったのを 記憶しています。

 主人公のシスター(日本人の修道女)が、土地の小学生くらいの女の子にご褒美として、綺麗な包み紙の飴を 手渡すのですが、女の子は それを 見ているばかりで なかなか 食べようとしない。

 そこに赴任して まだ間もないそのシスターは、女の子が遠慮しているのだろうと思って、飴の包み紙を取り、飴を女の子の口に近づけると、ようやく 飴を口に入れた。
 すると 女の子はびっくりした顔をして 急いで口から飴を取り出してしまい、指先でつまんだ飴をじっと眺めたあと、急いで 包み紙に包みなおし、ぎゅっと ポケットにしまいこむと、突然 一目散に 走り去ってしまう・・。

 女の子のしたことの意味が分らないシスターは ぽかんとして突っ立つばかり、という そんな内容だったと思います。

 そして、その土地に 少し先に来ていた別のシスターが、女の子のしたことの意味を 推測して聞かせます。

 「きっと 家に帰って、たった一個の飴を 妹たちと 分け合うんだわ。」

 三度の食事を 毎日当たり前に食べられることが 珍しいことになっている その地域では、子供たちは 食事以外におやつを食べるという習慣などなく、たまに 野山にあるものを口にすることはあっても、飴のような お菓子と分類されるものを口にすることなど、恐らく ないに等しいのだ、ということを、主人公は 知らなかった・・ というものでした。

 バイオリンやピアノの音を聞いたり、先のような話を思い出したりすると、ああ ほんとに 日本って 平和で裕福なんだなぁ・・とつくづく 思います

 三度の食事が当たり前というのは、世界の三分の一ほどの国にいることの出来る者たちだけであって、あとの三分の二の人たちについては、一日三食を ほぼ 毎日 一生続けていただけるというには 程遠い と聞いています。

 

 自分は なんと 大きな幸いに恵まれているのだろう と 心底 思います。
毎日 朝昼晩と食事を作って いただくことができ、雨風にさらされる心配をすることのない 安全な居場所を持ち、病むことのないように衣服をまとい、働いたり、世話したり、自分の好むことを時間をかけてすることも出来る。

 朝、気持ちよい布団の中で目覚め、夜も 清潔な場所でゆっくり休むことが出来、食材が不足すれば 買い物に行けばよく、蛇口をひねれば 当たり前に水を使い 飲むことが出来る・・。

 それなのに、たとえば自分なら・・、ピアノを置ける場所がない、習い事もままならない、あれはできない、これもない・・などなど、そんなことの不満が一杯になって、思うようにならなかったりすることを ずいぶん 不公平だとか、面白くないとか、不満たらたらになってしまっている。

 ああできるといいのに、なんで こうならないんだろう、そうならなかったらどーしよーか と 不安がるなどというのは、実に 思い上がったこと、なんと 高慢なことよ と、哀しくなります。

 普段の一日の中に、生きるか死ぬかなどの きわどい決断や選択を求められることなど 殆どなく 穏やかで安全な日々である我々の日常が、『ただ 普通に(!)毎日をすごしているというだけで、かなりすごい幸いなのだ』ということに、私たちは いつも 気づいていなければならないと 思いました。

 そして、また この当たり前と思っている平和ゆえのあれこれは、決して 自分たちだけに与えられるべくしてあるものなんかではなく、それは 本当に どんな国の どんな人にも、あってしかるべきことなのだ ということにも、絶えず 心に思っていなくてはならないのだ と 思いもしました。

 出来ることには限りがあり、しかも少なく 大した力にもなりはしないとわかっていても、その場しのぎ、自己満足だったとしても、目の前の 平和のための募金箱には、せめて、小額だったとしても できるだけ 入れるようにしようと思いました。

 

 私たち ひとりひとりが、毎日に感謝して、与えられているものを 互いに分け合って 生きていけるように・・ と 願っています。

 

 

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