Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

2010年 4月

 

1 小庭のハーブ

2 K先生のことなど

3 何も出来ない人の伝言

4 赤 白 黄色

 

1 小庭のハーブ

 いい天気・・。

 やっぱり ガラスは 綺麗に拭いたほうが よさそうだな、なんて こういう天気の日には おもってしまう。

 天気が良くても このところ、空気が冷たかったりして なかなか表のことをしずらい状態にあったのだが、昨日、洗濯物を干していて、ふと 足元を見たら、なんとなんと!

 こんもりと アップルミントさんが 元気良く、しっかり茂っていた。しかも 去年よりも 葉も 幾分かおおきくなって。 

 あれ・・ これは、、せっせと摘んでしまわねば、と ざくざくと 適当に取って、まず はじめには やっぱり ハーブティー・・ってことで。

 こういうことを 自分がする・・! なんて この年になっても けーっして 現実にはありえない と 思っていたので、なんだか とてつもなく たいしたことをやってしまっているような・・ そんな錯覚(ええ そうですとも、錯覚ですとも・・)を 覚えてしまったりした。

 アップルミントさんは お茶にしたところで わんさかしているので、このまま行くと 地面に下ろした バジル君たちのように 繁殖を極めるかも・・と ちょーっと 気になる。

 レモンバームも 何故か 勢いを増してきているし・・、正直に言えば、自分は こういうことに不向きにして 才の無い、死なすばかりの ブラックサムの持ち主なのかと 思っていたのだか、、しかし、自然というのは たいしたもの!

 そんな どうでもよい 人間のあれこれなんぞ あっさり すっきり 飛び越えて、みてごらんよ! 時節になれば、誰が何を言おうと、なにがどうしようと ごくごく 当たり前に、「これが自分」と ちゃーんと 青々と、生々としているではないか!

 柔らかな 新しい緑たちを 眺めながら、自然の営みの凄さ、たくましさ、そして 健気さに ただただ 恐れ入ってしまう。

 

 小さな世界を覆う空は うす青く、そこにくつろぐ雲たちは ほわほわにして ふんわり。
まだ 葉の揃っていない木々の浅い緑たちは 穏やかな日の光とすこし冷たさの残るそよ吹く風に 夢見るように揺らぎ、目の前の小さい畑の上を 桜の花びらが 白い蝶と戯れながら ひらひらと舞い、通り過ぎていく・・

 この 静けさ。 

 この 明るい静けさ が 好き。

 鶯の声に 誘われたのか、早くも ツバメたちも やってきて、そのうち 雛たちのにぎやかな声も 聞こえてくることだろう。

 狭い庭には 光が溢れ、部屋の暗さを ことさらにする。。

 ああ ほんとに いい日、春の日、よい日和。

 (・・・ まぁ、やっぱり 窓ガラスは 拭いたほうがよさそうだな・・。)

 さて、今日のお昼は アップルミントのパンケーキにでも しようか!

 

 

2 K先生のことなど

 しばらく前になるが、遠藤がまだ子供の頃、散々にお世話になったK先生と何十年ぶりかに 出会うことがあり、現在、ありがたいことに、改めて お付き合いさせていただいている。

 もう こちらも半世紀以上もの年月を経てきているし、その時間分、先生にも時の経過があるけれど、それでも こういうことは面白いもので、いつも お目にかかれば すぐに 当時のようになってしまう。
 これは きっと どなたも似たような思いをされたことがおありだろう。

 過日、その昔の頃、K先生のところで 働かれていた、こちらも長いこと お目にかからずにいた Tさんとともに、先生のところで お会いすることがあり、K先生のご主人に 当時のあれこれを お話しすることがあった。

 その時先生は Tさんに遠藤のこのサイトのことをお話になりながら、「私、この子がこんなことするなんて 全然 思いもしなかった。」と おっしゃったのだが、それを聞いて、いい年をした者をつかまえて「この子」というのには苦笑したが、先生の中には、あの頃の”ゆみちゃん”が、まだ どこかにいて、それが パソコンをいじったり、文を書いてみたり、縫い物やら料理やお菓子をつくったりすることなど、到底するようには おもえなくておいでなのかも知れない。 

 その時のことを、帰って タコ氏や実家で話したりしながら、ふと、しかしながら ありがたいことと 思わざるを得ない。

 先生にとっては、遠藤は ある時には まだ 小学生、中学生であるときもあって・・、しかも それは 下から数えたほうが早かった成績の、ちょっとは ピアノの弾ける、子供にしては体の大きい、見映えも冴えない、どちらかというと なんに対しても消極的で、あれもこれも 親や人に頼ってしてもらうような、そんなイメージのままであるのかも と 思うと・・

 すっかり 年を取って、世の中の嫌なこと、汚いこと、そして 幸いなことなどの様々な出来事を生きてきて、内外伴に ずいぶんと 変化したであろう自分にも関わらず、まだまだ 何もわからず、何も知らない いくらかはまだ無垢に近かったころの自分を、先生を通して 感じることは、気恥ずかしく 落ち着かない気分にはなるが、それは 不意に 忘れていた香りを思い出すように、くすぐったくも嬉しいものではある。

 久しぶりに出会って、当時の気まずさや不快さを 改めて思い知らされるような、そんな再会もあるけれど、K先生との改めての出会いは、実に心懐かしく、あたたかな物に包まれたような、そんな 安心感がある。

 お具合が万全ではないというのに、いつも明るくて 相変わらず パワフル。お出かけにも 対して躊躇なさるでもなし、人と会うのも 面倒がらず、かえって 積極的に 見たい知りたいを 日々実現するなど、やっぱり 先生だなぁ・・と感心している。

 今年の2月、早や3周忌を迎えた なつかしい恩師や、短い期間ながら、こちらの事情を察して ご多忙の中、少しの手を抜くことも無く 熱心に、そして 丁寧に新しい世界を示しつつ ご指導くださった ピアノのT先生とともに、小柄なK先生は いまだに遠藤の先に立って、道を示しつつ、つかず離れず 適度な距離を保って、燭を灯し続けてくださっている。 

 そうなのだ、それほどのものを戴きながら、では 自分は どうして行こうというのだろう と問いかければ、これという意味のある答えなど どこにも見つけられずにいる自分で、それがまた なんとも 歯がゆく、申し訳ないこと この上ないのだが、人は、自分のものと言いながら その体さえ 自分の意志ではどうにもならないこともあることを思えば、なにもかもを「良い手」の導きにお任せしてしまうのが良策というものだろう と、相変わらず 人任せな自分ではある。

 人は 時に まったく気付かぬうちに、その存在や言動が 人の喜びや勇気になったり、大切なことへの気づきを促したりしていることが あるものだ、という恩師の教えに、素直に従っては、無為徒労の(ように思える)我が日々を、そんなものでも ちゃんと 使っていただけている などと、小ずるい意味づけ(=言い訳・・?)をしてみたりしている。

 K先生とは、これからも 末永くお付き合いいただきつつ、それこそ 良い手の導きによって、ぜひとも 精一杯のお役に立たせていただけることを 心から 願うばかりである。

 

 3 何も出来ない人の伝言

 母は、先日 86歳になりました。

 かつての母を覚えている自分たちには、今の母は、別人のようです。

 外に出て働く娘(遠藤)と5人の孫たちの食事や世話を 一手に引き受けていた母ですが、
夕食が終わると テーブルの端っこで トランプ遊びをしていた母でしたが、
遠藤の長男が おばあちゃんのコロッケの作り方を 教えておいてもらうんだった・・と 後悔しきりのおいしいコロッケを 面倒がらずに いくつもいくつも 作っていた母でしたが、
毎日 山のような洗濯物を 洗って干して取り込んで、せっせとたたんで 必要なものには 手早くアイロンをかけていた母でしたが・・、

 今の母は、人の世話より 自分が世話される側になっていて、トランプを見ても それを使って何をしたらいいのか 分らなくなっているし、冷蔵庫を開けても 手に取った食材を どうしたらよいのかなど、すっかり忘れてしまっているし、習慣のように 母と父の最小限の洗濯物だけはするものの、娘たちの洗濯物を見ながら、いっぱいで大変ねー なんて 言ってしまう母になっています。

 それでも、家の中のことなどは、ゆるゆると できるところまでやろうとしていて、お皿にパンをのせることを 父の食事の世話とし、人が来れば お茶を入れなくては と お盆に急須と湯飲みを整えたり、季節に合わせて 着るものを入れ替えようと 良く分らない分類のまましようとしてみたり、遠藤が食事を作りに行けば、調理の間中、そばで なにをするでもなく、野菜などの下ごしらえをする引きこもりの次女と遠藤との会話を聞きながら、お茶をのみ、お菓子を食べるという・・ そんな母ではあります。

 そして、時々 ポロっといいます、「何も出来なくなっちゃったから・・」

 だから 遠藤は言います。「お祈りしてよ。お祈りなら できるでしょ?」
 母は そうなのよね、だから 毎日 お祈りばっかりしてるの、と これまた 言います。

 祈るという行為は、祈りのための目的を意識することもありますから、たとえば、心配な孫のために祈るときは、母の頭の中には やはり その孫のイメージがあって、その子をどうかお守りくださいと 一生懸命 祈っているわけで、それは 母の自発的かつ積極的な活動の一つといえましょう。

 人は 何もしないでいると、それも 自ら率先して行わないことを続けていると、本当に 何もかもが退化していくといわれます。

 一見、じっとして ただ手をあわせて ぶつぶつ言っているように見えても、母の精神は 活発に神様と会話をし、そのための活動しているのですね。

 みかんをむいて お皿に乗せて出せば、みかんをむくことも出来なくなっちゃって、悪いわね、なんていうし、食事の支度をして それじゃあ と 玄関に向かうと、ありがとうございました なんて 頭なんか下げちゃうし、坂道を登って 丘の上の実家に通う娘に、暑い中、寒い中 ご苦労様、すみませんね。暗いから 気をつけなさいよ、危ないから ちゃんと前を見て歩くのよ。。云々。

 それは 娘だけでなく、孫たちにも その連れ合いにも、それぞれに いまだに同じように言い続けている母です。

 そうやって 彼女は、人生を過ごしてきました。彼女の日々には、彼女が願うはずも無いような 酷いことや嫌なこと、苦しいことや悲しいことなど 数え切れないほどあったにもかかわらず、今 彼女は これっぽっちも そうしたことを思い出すことも無く、ただ、朝の目覚めから 夜の眠りまでの一日中、今できることを探し、時折、思い出したように 祈ったりして過ごしています。

 その彼女の生活を 神さまは、当然、ごらんになっておられて、だから、必ず 母は、母の望むところへ 還って行くのだ ということを、遠藤は 母を見ながら 確信しています。

 これが「もう、何も出来なくなってしまった」という人の、神様の御手による働きの故の出来事で、それは あとに残るものたちへの「どんなになっても できることはあるよ」 という伝言なんだな と 思います。 

 

 何も生み出さなかったり、目に見えたものをもたらさなければ、存在する価値など無い という、現代の「人」に対する風潮を思うとき、最期の最期まで、どんな人にも、かならず その人にしか出来ないことがある という 恩師の言葉を 是非 折に触れて、誰でもに 思い出してほしいと 願っています。

 

 

4 赤 白 黄色

 近所にある幼稚園。

 前を通りながら、園庭をみると、滑り台や 砂場などの間の、まぁるく 白い何かで囲ったところに、赤と黄色のチューリップが 沢山 かわいく 咲いていました。

 幼稚園にチューリップ、それも 赤と黄色なんて、なんだか あまりに嵌りすぎて おかしなくらい・・

 行きも帰りも 通りながら、やっぱり 見てしまうのだけれど、そのたびに 意味も無く 笑ってしまいます。

 小さな子供たちと 赤と黄色のチューリップ、それって 似合いすぎ。

 ・・でも、どうして 白が無いのかなぁ・・??

 きっと 子供たちは 赤とか 黄色のほうが 好きだったのかもしれないね。

 まぁるい お手製の花壇に 元気に咲いている 赤と黄色のチューリップを見ながら、子供たちは どんな風に思っているのかな なんて 聞いてみたくなりました。

 

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