幸せになる義務

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  すべて むだはない

 

「あなたはあなた以上でもなく、

あなた以下でもない。

そのままで愛されているんだよ。」

 

 
悩み事が多く、うつ状態に陥ったこともある婦人が、何度か伊藤神父に相談に行った。自分は劣等感にさいなまされると話したときのこと。

 

 神父 「あのね、あなたはあなた以上でもなく、あなた以下でもない。
そのままで 愛されているんだよ。

「すぐ昔のことが思い出されて、後悔でいっぱいになるんです」

 神父 「あのね、過去の体験はすべてむだなことはないんでね。
すべてあなたにとって必要だったんだよ。」

 

 

愛されている」というのは 勿論 愛されている ということですが
同時に、「すっかり 受け入れられている」 とも いえます。

そこに そうあるそのままで良いのだ
と 肯定されている ということとも いえます。

それは 誰からでしょうか・・

赤ん坊や子供にとっては 両親、あるいは祖父母とか叔父伯母、従兄弟などの
身内といえる人たちかもしれませんし

もう少し大きくなると 友人や遊び仲間、先生や先輩たち 後輩たちかしれず、
さらに 時がたつと、恋人やその家族、その回りの人たち、
新しい環境でであった人たち・・かも知れません。

その人や 夫々の場合にもよりますが、
一般的に言えば、親はやはり子供を なんだかんだといいながらも
やっぱり どこかで 丸ごと受け入れているところがあるように思います。

親が そうできるようではなかったとしても
よくきくのは おばあちゃんとか 親戚のおじさんとかおばさんとか・・
あるいは 従兄弟だったりとか
それから 親友や恋人と呼べる人がいれば その人たとかが、

自分を受け入れてくれている、
自分がそこにいることを肯定している と 実感できることがあれば
その人は 愛されている と いって良いと思います。

しかし・・

どんなことにも 限界や終わりがあるというとき
人の かかわりにも そんなことが あるように思えることもあるでしょう。

様々な事情から、そういうかかわりが すっかり失せて、
人は ある時 孤独のなかに取り残され、
だれにも頼れずに 途方にくれている自分を 見出すかもしれません。

孤独に耐えて 懸命に 一人で生きることも
孤独に耐え切れずに 様々に揺れながら 生きることも

そして そのそれぞれの時に経てきた 沢山の経験も

すべて、その可もその不可も 人のだれひとりも 裁断することは出来ません。

 

分ることは、そこに 今 その人がいる ということ。

それは 愛されていなければ そこにいなかった という 事実です。

 

だれにでしょう・・ 

あなたはあなた以上でもなく、あなた以下でもない。
そのままで 愛されているんだよ。』

その人の存在に はじめから おわりまで 深く関わる
人を超えるもの からです。

だから 安心して 今も 最期までも 生きなさい と。

それを 伊藤師は おっしゃったのだとおもいます。

 

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