『幸せになる義務』 のページ

 

                *はじめに 

このページのみ、本『幸せになる義務』の書き方に添った書き方はしていません。

このテーマで本に掲載されているものは 遠藤が書いたものですので、自分で一番初めに 書いたままの文を ここには掲載したいと思います。

したがって 本「幸せになる義務」の中には このテーマのページに このような文章などがないことを お断りしておきます。


5 愛するということ

 

神さまは 人を好きになりなさい とは 言っていないんです。

愛しなさい と 言ってるんです。

 いつだったか 恩師に 伺ったことがある。

「どういう人が天国にいけるのですか?」

「神様の望みを 生きている間に たった一つでも 実際にやった人、やろうと常に努力した人。」

 神様の望み・・? そう、神様の望み。

神様が私達を愛しているように 私たちが互いに愛し合うこと。
隣人―そのとき 自分が身近にかかわっている人―を自分と同じように愛すること。

 ここで混乱。愛するって?

「神様はね 人を好きになりなさいとは言ってないです。愛しなさいって言ってるんです。」
「???」
「嫌いな人を好きになれとはいってない。そうじゃなくて 人として愛しなさいといっている。」
「・・・??」
「自分のそばに 自分の好みじゃない くさくて汚い人がきたら 嫌でしょう?」
「はい。」
「その人のこと 好きになりなさいっていって なれる?」
「できない。」
「でも おなかがすいているらしいし、お金もなさそうだし・・ そしたらどうする?」
「そのとき出来ることを 何か出来ればしたいですね。」
「うん。それでいい。」
「?」

「神様は 難しいことをしなさいって言ってないの。そのとき出来る一番いいと思うことを 思うだけではなくて 実行することを望んでおられる。それも そのとき その人に一番必要なことをね。」

問題発言っぽい言葉がありますが、記憶のままに書きます。
その言葉のみを あげつらうことは なさいませんよう お願いいたします。

ひょっとしたら(酔っ払いのように)という形容詞が その部分の前に
ついていたかもしれません・・。

 

人を好きになるのには 対して 努力も要りません。

だけど 人を愛するためには 意志の力が必要になります。

相手が 自分の気に入らないという理由で 避けたり 拒んだり
果ては 無視することを解決するには 決して 気持ちだけでは出来ません。

そこには 意志的に その人と向き合おう とする姿勢が求められます。

好きであれば あるいは 好きとか嫌いとかにかかわりなく付き合える相手ならば
なんにも 努力する必要はないわけです。

だけど どこにだって自分の気に入らない人 うまく行かない人 というのはいますし
往々にして 人の社会では そういう人とうまくやっていくこととか
なるべくごたごたがソレによって 起こらないようにすることとか、
結構 必要な場合があるように思います。

難しいことは 出来ないけれど 
だけど、ただ そこにいる人が 手助けを必要としていたり
何かのときに 自分が役に立てるようだったりしたら、
相手を 好き嫌いで判断するまえに
意志を持って助け 役に立とうとするそれは 
人を愛するという行為になるんだ ということを

恩師は 中学生の私に 話してくれました。

 

参考ページ  B-noteT”秋の日”内 10/18 道しるべ


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