ひつじ小屋だより 49


ひつじ小屋の風景
 
39 (許す心)

 

発行日 2004/11/05
発行人  遠藤由美子


『エレの引き出し』

ゆめのいえ C


ひつじの

No.11 Grey‐灰色

@・ェ・@ 

錯覚の美学』F


きれいをおいしく!

鮭缶の山家煮



切り絵カット   by Mm.

編集後記

 

 

ひつじ小屋の風景 39 (許す心)

 ひつじ小屋の前を 殆ど90度に腰の曲がったおじいさんが杖をついて通り過ぎようとしていました。多分、すごく疲れていたのでしょう、お爺さんは こちらと道を分けている白いガードに手をかけると、もうこれ以上は・・、という感じで、その上に腰をかけました。

 たまに見かける人で、一度は 朝 バスに乗ろうとするらしく、横断歩道を渡った向こうにあるバス停を何度も顔をあげてみては、なるべく早くとおもってか、彼なりの小走りで 危うげな足元に力をこめて歩いているのを見たことがあります。

 お爺さんは腰をかけたまま、顔を左右に振り向けて、過ぎていく人たちを眺めています。

 息荒く肩を上下させているおじいさんの向こうを、高校生の男の子が通り過ぎ、少し後から 若い女性が大きなかばんを下げて足早に通り過ぎました。
  それと行き違うように 反対側から自転車をこいで、50代くらいの女性が 買い物に急いで走りすぎて行き、その間も自動車が行ったりきたりして、なかなか 住宅ばかりのところに向かう小さな道路とはいえ、にぎやかしいものだと、改めて眺めていましたが、そのうち さっきのお爺さんは、腰を浮かして 多分 奥の住宅地におうちがあるのでしょう、そちらへ向かって、怪しげな足取りで ゆるい坂をよろよろと下っていきました。

 ガムザートフの詩のなかに『僕は百人の娘に恋してる』というのがあったと思います。(まぁ そういう言い方をするとロマンも何もないのですが、要するにその百人の娘それぞれがあなたの持っている一面でもあるのだよ、つまり僕はそれぞれの君に恋をしている という・・・そんな風だったと記憶しております。。)
  ふと、それを思い出しながら、先のお爺さんとそのそばを通りかかった人たちとのことを思ったら、彼らはすべて「彼」であり、彼はまた「彼ら」であり・・と そんな風に感じました。

 人はみな生まれてから死ぬために生きる という言い方をする人もあり、あるいは 私達の世界でいえば、生まれてからは老化の一途をたどるのみなんていう言い方もしますが、いってしまえば それはみな、すべての人は例外なく、生まれたときから様々なときを経て、当たり前に年老いていくという事実をいっているのですね。

 あのおじいさんにだって 今 下の広場で遊んでいるちいちゃな子供の頃があったでしょうし、重いかばんを下げて一日の授業を終えて戻る道を急ぐ高校生の頃もあったでしょう。自転車を力いっぱいこいで勇んで出かけたり、それなりの地位を得て充実した暮らしをしていたことだってあったと思いますし、いまも ひょっとしたらそうなのかもしれず、おしむらくは 体がいうことを利かなすぎる というだけのことかもしれません。
 そして そういう私だって、ふと気づけば、もう人生の半分以上を経過していることにいまさらのように 思い当たってしまっています。

 人をうらやむことほど、人として貧しく醜いことはないとかつての賢人の言うとおり、もしも自分があの人のようだったら・・と思えばほんとにきりがなく、そして そう思っているうちは まったく自分が矮小にしてつまらないものでしかないのは、その時の心の状態を省みれば、誰にでも思い当たることではないかと思います。
 
  人をうらやむことをやめたときから、人は生き生きとその人生の日々を謳歌することができるといいます。すべての立場の人たちが、自分でもあるのだと思えば、多少のこもごもは目をつぶれるかも・・なんて考えてしまったのは・・、
 久しぶりの晴れた日差しに、やたらに目に付く、拭いても拭いても台風の雨で汚れてしまう窓ガラスを通してみえる大きな欅の葉先が、ちりちりと茶色に変色しつつ、枯れて、そろそろ風に吹き飛ばされ始める頃かな と 外を眺めていたときの、大分 気持ちに余裕のある、稀な自分だったからかもしれません。

 うらやみや妬みは人を貧しく醜くしつつ、そう感じる相手を憎み、わずかなことすら許しません。そしてどんどん苦しみを肥やし、救いがたい悪心の坩堝に巻き込まれたまま、そうであることにすら気づかずに、良いものにすることもできたかもしれない 自分に与えられた大事な時を 無為に過ぎ去らせてしまいます。

 彼は 私でもあり。。私は また 彼でもあり・・・。
あらゆる人々のそれぞれの日々に、わずかでも 許しと相容れあう時のあらんことを・・!




cut by Mm,  ハロウィーンカードの一部

『エレの引き出し』

  ゆめのいえ C

 ふたりがおどろいたまま だまってみつめていると、その光の人はいいました。
「おかえり。わたしのかわいいこどもたち。ゆめをどこかにおきわすれたの?」

 おにいちゃんはなんといっていいのかわからずに ひつじたちをふりかえりました。
そのとき トムじいがいいました。「ほれ、あっちのぼうずがむずかっているぞ。はやく ゆめをたしてやらねば・・。」すると ほかの光の人たちのうちのひとりが、いそいで ぐずぐずいっているあかんぼうのところへとんでいきました。 いったい ここは なんなの・・???

 トムじいは いつからそこにあったのか、小さないすにこしかけて、ふたりを見ています。おにいちゃんもエレも とくにおどろきもせずに、いつのまにかこしをかけています。

「おまえたちのことは、よくおぼえているよ。」といいながら、トムじいは 小さなふるいりっぱなパイプをとりだし、光の人のもってきた光のつえのさきからもらった火をつけました。

 トムじいがふかぶかとパイプをすって、ふうっといきをはきだすと、なんとパイプのさきから、いくつものシャボンだまが次々とふきだされてきて、そのひとつひとつをたくさんの光の人たちが、手でかきあつめては じぶんのもっているかわいいかごにいれ、それぞれをじっくりみさだめては、そのシャボン玉にふさわしいとおもわれるあかんぼうのゆりかごの中におさめました。

つづく・・・

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ひつじの

No.11 Grey―灰色


M.m.'s gallary『羊の人』の目の部分。
極細シャープペン

 11月にグレーを持ってくるなんて・・うらさびしさをいやますようで、申し訳ないような気もして入るのですが、何故だか 大分前から、11月にはグレーをと思っていました。

 グレー、この色は 曖昧さをあらわす記号のような言葉として使われることもありますが、色味としては、とても不思議なニュアンスがあると思えるのです。

 例えば、かっちりとしたツィードのスーツ、中肉の柔らかなフラノで仕立てたジャケットとスカート、厚手のウールのコートなど・・、ちょっと考えただけでも なんと言うのでしょうね、身を守るためのものとしも、それからきちんとした感じを出したいときも、なんとなくグレーのものって 危うげがなく それなりのイメージを表現できるように思うのです。

 また メイクアップの中の色としては、なれないうちは 扱いにくくて 汚れたように見えてしまう難しい色のように思いますが、例えば あまりに黒々としたマツゲでは、ちょっと主張しすぎてしまう時など 私は よくグレーのマスカラを使いますし、アイラインとして グレーのアイシャドウを小筆にとって、そっとまぶたに乗せるようにして 狭いグラデーションを作ると まるで影のような雰囲気が出て、セミマットな肌などには ちょっとした色気をだせるように思います。

 ずっと以前、エレガンスというフランスの雑誌で見た写真に、グレーのグログランリボンを巻いたチャコールグレーのソフト帽、ウェストを絞った短めのかっちりしたジャケットにひざが見えるか見えないかくらいのタイトスカート、濃い目のグレーのストッキングを履いた足には、真っ赤な皮の太いヒールのショートブーツ、そして赤い皮の手袋に、胸には赤い皮製のカメリアのブローチという、すごくシンプルだけど、とっても印象的なものがありました。
  そのモデルは あまり若くはみえませんでしたが、ああいうものを着こなすためには、やはり ある程度の時間的な経験というものがいるのかもしれないですね。
  
 耳の下まであたりで内側に少し巻いたストレートな髪も自然、メイクもまた素敵で、ほのかに頬を上気させ、くっきりと真っ赤な口紅を際立たせたにもかかわらず、まったくといっていいほど それをびっくりするような思いで見ることがないほど、全体にシックでとてもよいバランスをもっていました。

 それとは別に 亡くなる少し前の宇野千代さんがお召しになっておられたご自分でデザインされたという薄墨色の地に桜が満ち溢れているお着物を見たとき、ああ、こういう感覚は 私達日本人特有のものなんだなぁと ウットリと感慨深く見つめてしまいました。
 (知り合いの外国人たちは 日本人がグレーにピンクを合わせることをちょっと変、妙だといっていました。彼らの感覚ではないんでしょうね。) 
  春霞の中、やわらかな風に揺られて、夢見るように咲く桜の花が、そのまま 見た記憶のまま そこに鮮やかに息づいていました。

 グレーは 数少ない 意味を持った協調色だ と 考える次第です。

 

Teo's Gallary 2004 より 四人家族のためのどんぶり(注文品)

@・ェ・@ 『錯覚の美学』 F

♪ 今回はのちょっとした錯覚です。先ず、左右の眉の位置。細くて長い棒状のものを使って、左右の目頭を合わせ、そのまま手を上に動かして、眉頭の始まる左右の位置を決めます。

♪ 左右の眉の高さが違うという方、結構いらっしゃいますが、ここで両側の眉頭の位置を合わせてしまいます。アイブロウペンシルなどで点をつけておきましょう。

♪ さらに手を上に動かして、それぞれの眉山の高さも揃えます。ここも印をつけ、そのまま少し下にずらして眉尻も合わせておきましょう。


♪ 以上は基本を楽にする方法ですが、ちょっと遊んで、眉頭のところを ほんのアイブロウの芯の太さ分内側に寄せたり、同じ太さ分外側から描いたりしてみる。あるいは眉山を先の芯の太さ分、高くしたり低くしたり、眉尻もそうですね、短め長めと色々遊んでみてください。

♪ その時の自分の顔の見え方を良く覚えていて、ソフトなメイク、きちんとしたしっかりメイク、キュートだったりセクシーだったり というのが、こんなところでも演出できることを まず 知ってください。

きれいをおいしく!
鮭缶の山家煮

材料鮭缶1個、浅葱の小口切り大匙3、1個、人参 小1/3本のすりおろして水気を絞ったもの、片栗粉大匙4、しょうが汁少々

作り方 全部をボウルに入れて良く混ぜ適当な大きさに丸める。
 フライパンに油をひき 両面を焼いて、取り出し、醤油・酒大匙2、水大匙4 砂糖こさじ2を煮立てたなかに入れて絡める。
 お弁当にも ☆!

  は、血液をさらさらにするDHAを含み、脳に酸素や栄養分をはこんでくれます。
 
  生姜
ビタミンBの1,2、C、カルシウム鉄分、カリウムも含み、また血行促進作用があり、体を温めたり、新陳代謝を活発にしたり、発汗作用を高めることも。

 香り成分では食欲増進、疲労回復もおこない、健胃・解毒・消炎作用に、抗酸化作用もあるそうです。


  だから 健康増進、美容促進、ダイエットや血の巡りが悪い方におすすめのこれからの食材だといえますね。

  紅茶にショウガの絞り汁を数滴入れるだけでも 体が温まりますものね。

???

○新潟県中越地震が起こってからこれまでに、全国からの義援金が20億円を突破したという記事を読みました。人々の何かしたい、なにか手伝いたい、という気持ちが形になったわけで、それはとてもすごいこと?だと思います。

○一方、義援物資も次々に集まり、それぞれのストック場所は満杯状態。入れられきれずに 架設の倉庫まで利用しているとか。。市からは、物は充分ある。これからは御金を・・ということでした。

○他方
、テレビ報道のインタビューで 病院で子供を抱えた若い母親は、「なにもかも足りないです、ミルクもないし、あったかいものもない。」と応えていました。

○双方の間には 何があって どうしていっぱいのものが必要な人のところに行かないのか これだけ見たら誰だって思うでしょう。
 こんな時くらい、お役所的やり方を、誰かきちんとそういうことに長けている人に任せて、頭や心を使って 人の割り振りや役割を決め、出来るだけ素早い対応を試みるくらいのこと やろうとしないのかなー と、遠く離れて見守るだけの遠藤は、リーダーシップの取れない日本人特有の情けなさに 腹を立てています。

編集後記

・ 今年は大型の台風がめちゃくちゃに押し寄せ、雨も風も大変なものでした。次々と来ては、大量の水を落としていくので、日本はおぼれ気味。その結果、地盤も緩み、今回のような大変なことになったともいえます。

・ でも 今後はこういうことが当たり前になるというのは、その道の識者に言わせると当然のことのよう。自分達のしたことのつけです。
  できることから今すぐ改善開始です。

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いつも通る桜並木。すっかり変色した葉が もうちょっと、としがみついている・・
もう すでに 満開の桜が待ち遠しい・・



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